“今回、男は踏み台ですねと言われました”『TANNKA 短歌』阿木燿子インタビュー
山口百恵、ジュディ・オングなど、数々のヒット曲を手がけた作詞家、阿木燿子の初監督作は、女流歌人俵万智の処女小説「トリアングル」が原作の官能的なラブストーリーである。
大人の愛を呼び起こしてくれるカメラマンのMと、若く初々しいバイオリニストの卵、圭。ふたつの全く異なった愛の形の中で、仕事に恋に満ち足りた時を過ごしていた薫里の心は揺れ動く…。
薫里を演じるのは、本作が映画初主演作品となる黒谷友香。その薫里に純粋な想いを寄せるヴァイオリニストの圭を初々しく演じるのは、映画「仮面ライダー THE FIRST」で主役に抜擢された黄川田将也。そして薫里に大人の恋を手ほどきするMを存在感たっぷりに演じるのは、大人の魅力あふれる村上弘明。
今回は、その初監督作がDVD発売されることになった阿木燿子さんにお話を伺った。
阿木さんが監督としてこの作品に参加する経緯は?
「私は『フラメンコ曽根崎心中』という舞台をプロデュースしているんですが、それを東映のプロデューサーが観てくださったんですね。それでこういう舞台を作る人なら映画が撮れるんじゃないかなって思ってくださったようです。」
黒谷さんはどのようにして決まったのですか?
「お話をいただいた時は、黒谷さんが主役ということは決まっていました。そして何かダンスの要素を入れること。平成版エマニエル夫人を作ってくださいというのが東映側の意向でした。
東映といえば男性路線の映画が多いですよね。そんな中で、スタッフにもなるべく女性を多く起用し、女性映画という企画意図がおありだったのだと思います。」
平成版エマニエル夫人というのは分かりやすい例えですね。官能ドラマということで、戸惑いはありませんでしたか?
「特に戸惑いはありませんでしたが、逆に気負うほどの経験もないので、恐いもの知らずだったんですね。きっと。東映の方でベテランスタッフを配しますから、と言ってくださったので、それなら出来るかなと思って。本当にスタッフに支えられながらやれた感じですね。」
撮影初日は緊張しませんでしたか?
「どちらかというと普段は睡眠が浅い方なんですけど、撮影の前の日はよく眠れて。現場に着いて『よく眠れました』、と言ったら、カメラマンの仙元誠三さんが『神経がずぶといな。僕は眠れなかったよ』とおっしゃって(笑)。
それまでにもロケハンや衣装合わせなど、準備の時間がありましたから、スタッフとのコミュニケーションはとれてたので、あまり心配はしませんでしたね。
でも、監督業があんなに物事を決定しなくてはいけない仕事だとは思いませんでした。撮影に入る前の打ち合わせ段階で、各部所のスタッフがいろんなことを次から次に聞きに来るんです。テーブルはどうしましょうとか、衣装はどうしましょうとか。
お話をいただいてからクランクインまで、半年くらいでしょうか。時間がけっこうあったんですね。それに、自分で脚本を書いたので、頭の中でイメージがはっきりしていて。その間に徐々にいろんなことを固めていった感じですね。」
脚本を書くのにどれくらいかかったんですか?
「約1ヶ月くらいですね。でも、最初に書いた脚本を東映に持ってったら、『長い、40ページ切ってください』と言われて。私はそんなに長いとは思わなかったんだけど。
『こういう映画は、ふたりが愛し合うという描写が脚本では1行で済んだとしても、実際の映画では何分もとられるから、台本自体が短い方がいいんだ』と言われて。確かにそうだな、と。
そんなふうにして映画とはどういうものか、少しづつ教えていただいた感じですね。また、撮り終わってからも編集で切る作業をするのが映画だということも学びました。
台本から始まって撮影、編集、音楽付けまで、思い残すことはないくらい粘りに粘りました。初めての経験でしたけど、スタッフの協力を得ながら、私の色を出すことが出来て、とても面白い体験でしたね。」
僕は主人公と同業者なんで特にそう思うんですが、黒谷さん演じる薫里さんはフリーライターにしては、いい家に住んでるなと思ったのですが。
「確かにそのへんは多少議論はあったんですよね。年収はいくらあるのか分からないけど、薫里さんはこんなところに住めるのかという意見もありましたけど、映画はひとつの夢なので、こういうところに住めたらいいなというものにしたかったし、ファッションもね、黒谷さんには毎回違う衣装を着てもらいましたが、映画を観ている間、お客様にはひととき夢を観ていただけたらいいかなと思って。」
二人の男性が恋人で、いい部屋に住んで、いい服を着て、仕事にも恵まれて。そういう意味では、女性の夢が詰まった映画なのかな、と思ったんですが。
「そうですね。現代の女性たちのある種の憧れという部分で観ていただけたらいいかなと。もちろん『Always 三丁目の夕日』的な映画もありますけど、こういう映画もあってもいいんじゃないかなと」
ある種の監督のイメージってあると思うんです。大声をはりあげて、アグレッシブに動き回ってといった感じの。
でも、阿木さんの物腰の柔らかい雰囲気は、ある種の監督のイメージとは真逆な感じがします。実際、現場ではどんな監督ぶりだったのでしょうか?
「このままでした(笑)。まったく初めての体験だったから、とんちんかんなことが多くて、ときどき現場でみんなに呆れられてましたけど。でも、映画ってたくさんの人と共同で作るものなんだなというのが実感できて、それが無性に楽しかったですね」
では、大変だったというよりも楽しかった時間の方が多かったということですか?
「大変だったことはほとんどないですね。時間的なことはありましたけど、それも結果オーライで。黒谷さんのスケジュールもギリギリだったので、1日も延ばすことができなかったんですが。編集も時間的にタイトでしたけど、どうにか締め切りは守りました」
優秀な監督さんですね。
「書く仕事をしてきたので、締切りの厳しさはそれなりに身に染みてますから(笑)」
ところでM役に村上弘明さんを起用した決め手は?
「薫里さんが、こういう人なら好きになるだろうなという人は誰だろうと考えていた時に村上さんが思い浮かんだんです。最近の村上さんのイメージって時代劇のものが多くて、現代劇の村上さんはとても新鮮だろうなと思ったんです。
実際にお会いしたら、ものすごい優しくて素敵な方で。格好いいんだけど、朴とつなところもおありになって、まさしくMさんでしたね。」
黒谷さんと並ぶと背が高いですよね。
「今回三人とも大きくてね(笑)。黄川田さんが185〜6くらいあって、村上さんもそれくらい。黒谷さんは170センチくらい。3人並ぶと圧倒される感じ。」
その黄川田さんはどのようにして決まったんですか?
「圭ちゃんの役は50人以上オーディションをしたんです。
一番最初に黄川田さんが面接に来てくださった時、とても好印象を持ちました。宣材の写真は茶髪だったんですけど、実際にお会いしたら、ものすごく清潔感のある好青年で。今どきの若者って、下手するとホストっぽくなりがちですよね。
圭ちゃん役が黄川田さんには決まってからも、まゆげを剃らないでねって言ったんです。まゆのお手入れをしちゃうとホストっぽくなっちゃうでしょう。圭ちゃんの役というのは、素朴で純真な役なので、本当に黄川田さんでよかったな、って。彼は本当に感性が豊かなんですよ」
無邪気な感じがありましたね。
「そう。薫里さんと圭ちゃんは実際に現場で仲良くなってくれて。自然な感じで、お互いにサポートし合っていましたね。ベッドシーンが多かったから、気の合わない相手だったら可哀想ですよね。すごく気が合ってるみたいだから安心して見ていられました。」
では、村上さんと黒谷さんとの相性は?
「もちろんMさんは大人の男性ですから、薫里さんをしっかりとガードしてくださってました。圭ちゃんとの場合は薫里さんの方がお姉さんですからね」
では、本当に役柄同様だったんですね。
「そうですね。薫里さんがリードする感じでしたね」
普段もリードしている感じはありましたか?
「薫里さんにもお姉さんのような感覚はあったんじゃないでしょうか? 冗談を言うときも屈託がないというか。圭ちゃんも薫里さんもどちらかというと役に成りきるタイプなので、ちょっとでも嫌だなと思ったら、画面に出ちゃう気がするんです」
ではキャスティングが成功したということですね。
「本当にそうです。この映画を観てくださっているんですよね? で、どうでしたか?」
僕ですか? 圭ちゃんが可哀想だと思いましたね。あんなにいい子なのに。それでも彼は薫里さんに恨みつらみを言うでもない。女性は怖いなと思いました。
「そうですね。女性のしたたかさというか、男性にはそこを見ていただきたいな。でも実は、薫里さん自身も傷ついていたり、痛みを感じているんですよね。何か薫里さんのせつなさも圭ちゃんのせつなさも、Mさんの優しさも、どれもひっくるめて、せつないラブストーリーにしたかったんですね。そういう意味ではひどいじゃないか、という意見があっても、ちょっと視点を変えていただくと嬉しいかな」
そうですね。そういう意味では僕は圭ちゃんに感情移入して観ていたと思います。
「基本的に人間には再生能力があるというか、ひとつの恋を踏み台にして、次の恋や明日に向かっていけるんだ、というメッセージを込めたつもりなんですけど」
男は踏み台なんでしょうか(笑)。
「村上さんに言われました。今回の僕の役は踏み台なんですね、と(笑)。それも含めて人生かな、なんて」
ところで不思議な画面の演出が多数ありました。その中でも一番面白かったのが、俯瞰でふたりを捉えたショットでしたが、あれはどのように?
「あれは撮影の前の日にビジョンが突然下りてきて。人間で大と小を作ってみたいと思ったんです。カメラマンの仙元さんに『作りたいんですけど』と言ったら、『うん、分かった』と。仙元さんはベテランなので、あー、また監督が言ってるなと呆れつつも、いろいろ考えてくださって。でもセットなので、あまりアングルを変えて撮ることが出来ないと。それでも、画面に変化を持たせないといけない。天から見て、人間が大と小になっているというのが私のイメージだったんです。あれ、ふたりの気が合わないと難しいシーンでしたけど、薫里さんも圭ちゃんもクククと笑いながらやってくれたので良かったなと思っています」
あのシーンは変わってますよね。
「本当に、撮りたいと思ったことは全部撮らせてもらいましたね」
音楽の宇崎竜童さんは長年の名コンビですが、今回はどのように注文をしたんですか?
「音楽は苦労をさせたみたいです。今までいろんな映画に音楽をつけてきたけど、こんなに注文のうるさい映画監督は初めてだと言われました。
毎日、編集が終わって家に帰っては音楽の打ち合わせをして。彼はそのままスタジオにこもって徹夜で作ってくれて。朝、私が起きるとメモがあって。『どうですか?〇か×か印をつけてください』と書いてあるので、×とつけて家を出たりとか(笑)。
それでも根気よく作り直してくれて。監督の意向をまるまるのんで、わがままも聞いてくれました」
宇崎さんは、音楽も含めて映画のことはどうおっしゃってましたか?
「女性ならではの映画だと思うよと言ってましたね。最初からずっと応援してくれて。彼は年間に映画をすごくたくさん見てるんです。200本くらい見ていた年があるくらいで。私はあまり映画を見ないんだけど」
宇崎さんは監督経験もあるわけですし、それだけ映画好きなら、映画つくりのアドバイスはもらわなかったんですか?
「それはね、聞かなかったの。聞かない方がいいと思って。聞けば何か言ってくれるけど、そうすると迷うから。映画というものは監督の色で染めるものだと思うので。迷うとスタッフが揺らいじゃいますからね。間違っても何でも、こっちと決定を下すのが大切だと思ったので、聞かなかったですね」
それだけの思いでやり遂げたということは、また映画をやりたくなるんじゃないですか?
「いいタイミングでお話をいただいて、私が元気だったら、またやってみたいなと思います。タフな精神力と体力がないとやれませんね。
今回けっこう鍛えられましたね。昨日の失敗は今日に持ち越さないとか。今日やらなきゃいけないことは絶えずありますから、粛々(しゅくしゅく)とスケジュールをこなしていって、決断してオッケーを出す。人生にとって大切なことを映画を作らせていただいたことでずいぶん学ばせてもらいました。
映画ってある種のお祭りですよね。阿木組という擬似家族として、家長としてふんばらなくちゃいけないこともあるし、決断しなきゃいけないこともあるし、スタッフ・キャストを信頼しなくちゃいけないし、本当にいい勉強になりましたね」
執筆者
壬生智裕