フィリピンで4万人以上の観客を動員し、国際映画祭でも高い評価を受けたスローライフムービーがいよいよ日本で公開! フィリピンを代表する唱歌『小さい家』をモチーフに、自然に生きる人々のたくましさを高らかに謳いあげた人間賛歌の登場である。

舞台はフィリピン北部の山岳地帯コルディレラ地方。フィリピンの日系3世であるラモットはバスの運転手をしている。生活費を稼ぐために奥さんが海外に出稼ぎに行こうとするが、捕まってしまう。そして実家のある山奥の村に預けられた子供たちは、自然と共存する山の暮らしに戸惑いながらも、たくましく生きていく……。

今泉光司監督は、小栗康平監督の助監督を経て、単身フィリピンの山岳地帯に移住。約7年の年月をかけて本作を完成させた。主演はフィリピンの国民的俳優ジョエル・トレ。これまで約90本ほどの映画に出演した経歴を持つ実力派俳優である。

日本公開に合わせて来日した主演のジョエル・トレさん、そして通訳も兼ねて同席された今泉監督にお話を伺った。







◆この映画には希望があります

この映画が完成した時の感想を教えてください。

トレ「いろんな感情が心の中から沸き起こってました。映画を観ると分かりますが、ここには希望があります。この暗い時代に明かりがともされたとでも言うのでしょうか。リラックスできるんです。
 きれいな空気は我々にとって、とても大事なのです。悪い空気を吐き出して、新鮮な空気を吸いこむと生き返りますからね」

山岳民のイゴロットというのはフィリピンでも少数派なのですか?

トレ「フィリピンには多くの民族がいます。山の民族はフィリピンでも文化的にマイノリティな人々なのです。政治的な同一性がないという理由から、大部分の人々は都市から遠ざけられています」

山での撮影はどうだったのでしょうか?

トレ「都会で撮影をしていると早く家に帰りたいなと思うのですが、自然の中にいると、もっともっと働こうという意欲がわいてくるんです。だから私はラッキーですね」

今泉監督と会ったのは?

トレ「私たちが会ったのは97年のアジアフォーカス・福岡映画祭でした。バックパックのリュックをかついでいて、ひとりだけ他の日本人とは明らかに様子の違う人がいたんです。
 そこであなたはフィリピン人なのかと尋ねたら、『いやいや、私は日本人ですよ』と答えて。それが監督だったわけです。一緒に映画を観たり、ビールを飲んだりして、意気投合したわけです。それからしばらくして、彼が山岳地帯の部族の映画をフィリピンで自主製作をすると聞いたんです。その5年後に、彼から出演のオファーがあったので、僕はもちろん出演しますよと返事をしたわけですよ」

監督「そのとき彼は1年間ニューヨークにいたんですよ。だから脚本をニューヨークに送って、どう思う? と聞いてみたんですよ」

トレ「最初に読んだ時は、自然に帰ろうというテーマの脚本なのかと思ったんです。もちろん私も自然は好きですから。
 でも私が驚いたのは、昔の世代の日系フィリピン人についての描写です。彼らの宗教や家族について深く描かれていました。そしてフィリピンの社会問題についても描かれていました。これはとても深刻な映画になるんだろうなと思ったのですが、実際に撮影に入ってみると、アプローチが全然違うことに気付きました。それよりも人間の感情を描くことに重きを置いた物語なのだと思いました」

お母さんがいなくなっても、たくましく生きていく子供たちの演技が素晴らしかったですね。トレさんにとっては彼女たちはどういう存在でしたか?

トレ「彼女たちは土地の人間なので、素人なんです。とはいえ、彼女たちから教えられることは非常に多かった。まったく自然な俳優でした」

彼女たちの演技はどうでしたか?

トレ「とても予測がつかない。子供ですからね。すぐに眠くなったり、疲れてしまったりするんですけども、そういう時は『起きて起きて! 撮影だよ』といった感じで本当の父親のように接した時もありました。彼女たちはとてもピュアでナチュラル。演技というのは相手の目を見るわけですが、彼女たちの瞳がものすごくピュアなんですよ!」

そうするとトレさんのの表情も変わってくるのでは?

トレ「もちろん! 彼女たちは素晴らしい俳優ですからね」

トレさんの表情がとても優しかったのはそういうわけなんですね。ところで、山岳地帯の人々の人生観は、都会の人間にとって驚くべきものがありますよね。

トレ「我々はとても複雑な社会に生きていますからね。シンプルにするのがいいと思うんです。ゆっくりと待つこと。自分自身を振り返ってみると、とても重要なものがあるはずですよ」

そのスローライフを実際に経験したトーレさんから見て、日本という国はどう映りますか?

トレ「それは日本に限らず、マニラなど、どんな大都市でもそうなんですけど、みんな働いてばかりいますよね。
 日本人も電車の中でも居眠りしていたり、とてもストレスを抱えています。でも、外を目を向けてみれば、桜だって咲いていますよね。お酒も飲んでいる人たちもいるようですが(笑)。
 私はこの映画をやる前は次から次へと撮影で、とても働き詰めだった。でもこの映画を通じて、リラックスすることを知ったんです」

この映画を通じて、観客にどういったことを伝えたいですか?

トレ「あなたの人生の目的を見つめ直してみたらどうでしょうか、ということですかね。考えるのではなく、心の中を見るんだと。人生はいつだって選択ですから。裕福でもストレスのある生活を送るか、この映画のように人生を楽しんで生きるか。そうするとあなたの心の何かが変わると思うんですよね」

#◆フィリピンの映画産業は厳しい

ところで資料によると、この映画はフィリピンで4万人を動員したそうですね。

監督「これはマニラのメインストリームでの上映動員数ではないんですよ。山岳地帯で上映した時に4万人動員したということです。4万人というのはバギオの映画館で4万人やって、学校とか移動上映をやって、3ヶ月で4万人近くを動員したということです。私と現地のボランティアと一緒になってね。
 プレミアショーはマニラでやったんですけど、都市部の人はあまり興味はなかったみたいですね」

都市部の人間が興味を持つかと思ったのですが、そうでもないんですね。

監督「ダウンタウンの方に行けば、興味を持つ人がもう少し出てくると思うので、これからまたフィリピンに戻って、山岳地帯から、巡回上映会をやろうと思ってます。
 ただ山岳地帯の人たちというのは確かにお金はないんだけれど、決して貧しくはないんですよね。お米1キロとか、鶏1羽で6人とか、そういう風な形で上映していきたいと思ってます。そうしながら次回作を作っていきたいと思っています」

日本人にはフィリピンの映画産業というのはなかなか分かりづらいところがあるんですが、どのような現状なのでしょうか?

監督「マニラの映画産業はすごかったんですよ。すごかったと過去形になってしまうわけですが。1年間に200から300の映画を作っていましたからね」

トレ「でも今は40本ほどしか作られていません。減っているんです。編集室なんかもほとんど閉鎖されてしまっています。映画人はみんな失業してるんですよ」

そうすると映画業界の人たちは出稼ぎに行ったりするわけですか?

トレ「いえ。別の仕事についています。スタントマンやタクシードライバー、警備員になったりしています」

トレさん自身はどうなんですか?

監督「彼は90本くらい映画に出てた人なんですよ」

トレ「最近はテレビを中心に活動しています。フィリピンに戻ってからも2本撮影がありますしね」

フィリピンでは映画よりもテレビの方が産業としては大きいのですか?

トレ「特に俳優はそうですね。でも照明さんやカメラマン、音楽家など、みんな仕事がなくなっています。ですから映画産業の人口は非常に減ってきていますね」

それだけの状態だと、若い世代に映画製作の技術が受け継がれなくなるのではないですか?

トレ「ただ、映画の技術は変化してきていますからね。スティーンベック(フィルムを編集する機械)なんてもう使ってなくて、みんなコンピューターを使っていますしね」

監督「フィルム関係のスタジオやポストプロダクションのスタジオは全部つぶれました」

トレ「今はデジタルのスタジオがいくつか残っているだけですね。テープでフィルムを貼りつけてというようなことはなくなりましたね」

監督「この映画の編集は国営のスタジオを借りたんですが、それももうなくなってしまったわけですからね。これが最後のフィルムで作る映画になるかもしれませんね」

厳しい現状なんですね。それでもそんな中でこういう映画が作られるというのは素晴らしいことだと思います。では最後にこの映画をどんな人に観てもらいたいと思っていますか?

トレ「それはもうみんなですね。普遍的な映画なのですからね。誰にも通じるものがあると思います」

実はこの映画を観たときに韓国映画の『トンマッコルへようこそ』という映画を思いだしたのですが、その映画はご覧になってますか?

トレ「ごめんなさい、その映画は分からないです。ただ、黒澤明監督の『夢』の最後のエピソード(第八話『水車のある村』)はこの映画を思いださせますね。僕は自然に感謝するというこの映画の哲学が好きなんですよ」

なるほど、『アボン〜小さな家』には愛と平和の思想が詰まっていますからね。最後にこれからこの映画を観る観客にメッセージをお願いします

トレ「多くの人にこの映画を好きになってもらいたいですね。ストレスのある暮らしを続けるか、この映画を観るか。あなたはどっちを選択しますか?」

執筆者

壬生智裕

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