『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』など、沖縄を住む人々をいきいきと、そして愛らしく描き出すことに定評のある中江裕司監督の最新作『恋しくて』は、ビギンの名曲をモチーフに作り出した珠玉の青春映画だ。

3500人の中からオーディションで選ばれた沖縄県出身の現役高校生たちがメインキャストを演じているわけだが、演技経験はほとんどないにも関わらず、その存在や振る舞いは胸を締め付けるような輝きを見せている。

彼らの演技はいかにして生まれたのか。中江裕司監督に話を聞いてみることにしよう。




ビギンの『恋しくて』からどのようにしてこの物語を作り上げたのでしょうか?

「『恋しくて』というのは、『さとうきび畑の風に乗って』というビギンのエッセイを読んで、面白いと思ったのがきっかけなんですよ。あの歌に何かあるのかなと思ったんですよね。『恋しくて』って、とってもいい歌じゃないですか。何年に一度しか生まれないような曲ですよね。それは何なんだろうと思って。
 僕の勝手な解釈なんですけど、これはビギンのメンバーの誰かが、大切な人をなくしてしまったんじゃないかと思ったんですよ。
 この映画は栄順と加那子の物語なんですけど、セイリュウの物語でもありますからね。そういうことを感じて、こういう脚本を書いたような気がします」

監督にとって、石垣島の良さとは?

「光が強いので光が濃いんですね。光が濃いということは闇も濃いんですよ。だから両面あります。そういうことが人にも影響します。石垣島ってあらゆる意味でそういう感じなんですよ。コントラストが強い感じがしますね」

この作品では演技経験のほとんどない若手俳優をキャスティングされたわけですが、その決め手を教えてください

「まずは加那子役の山入端佳美(やまのはよしみ)。彼女がオーディションに来たときに、僕が書いた加那子というキャラクターが何でここにいるんだろうと思ったんですよ。不思議な感じでしたね。だから加那子は最初から彼女に決めてました。
 次に栄順。栄順役は歌を歌えないと難しいと思っていたんですよ。(東里)翔斗は、まず歌がすごくうまかった。お芝居は練習すれば出来るようになるけど、歌は練習してもうまくならないんですよね。4回ほどオーディションを繰り返したんですけど、その中で翔斗は一番伸びたんですよ」

オーディションごとにうまくなったということですか?

「そう。その姿を見ていて、彼はどこまで伸びるんだろうと思ったんですよ。そこから2ヶ月くらいはまたリハーサルをやりますからね。撮影の時にピークに持っていける人がいいんで、オーディションの時にいい人がいいとは限らないんですよ。先のことを考えなければいけないですからね」

セイリョウ役の石田法嗣さんは他の出演者と違って、『カナリア』などプロとしてのキャリアもある俳優さんですよね。

「もちろんオーディションは素人ばかりを見たわけではなく、プロの俳優も見ました。
 でも、東京のオーディションってどこか殺伐としてしまうんですよ。オーディションでケンカしているところを演じてもらったんですけど、沖縄だとストレートなケンカになるんですよね。でも東京だとなぜかそうはならなくて。
 そのときに石田がいたんですけど、なぜか彼はニコニコしたんですよ。他の人と何か違うんですよね。セイリョウって品がないと駄目なんですよ。品のない不良ほどみっともないものはないんで。石田いいなぁと思いました」

浩役の大嶺健一さんが不思議な存在感ですね。

「彼は普段からまったくあのまんまなんですよ。彼を入れようとした時も、プロデューサーはみんな変でしょと言って反対したんだけど。でも彼ほど面白い人は他にいないでしょと言って決めたんです。
 浩を決めた時点で、マコト役は彼とは違うタイプ、器用でバランスがとれる人が欲しかったんですよ。マコトをやった宜保くんというのはすごく器用な人なんですよ。どんな役でも出来るんですよ、実はね。だから彼にしました。
 だけど、セイリョウもマコトもまったく楽器が弾けなかったので、ずっと練習してて。ほんとうまくなりましたよね」

『ホテルハイビスカス』でも主人公の女の子がおならをするシーンがありました。何だかおかしくて、僕は大好きなシーンだったのですが、この『恋しくて』でも加那子がおならをするシーンがありました。監督は女の子におならをさせるということに何かこだわりのようなものがあるのでしょうか?

「加那子っておならだけじゃなくて、おしっこのシーンもあるんですよね。僕、女は野生だと思っているんですよ。でも、映画の中でその野生というものをどう出すかって難しいんですよ。映画って長い時間かけて表現しても駄目ですからね。そうすると短い時間で一番簡単に表現できるのは、おならとかおしっこなんですよ。そこでプッとやるとか、ちょっとトイレ貸して、とか。そういうことかなと思いまして、やったんです」

野生を見せるためだったんですね。

「常に男は女の野生に負け続けるというのが、僕の中にあるんですよ。
 加那子のオーディションの時も一番最初は、おならの芝居をやってもらったんですよ。口まねでおならの音をプッとやってくださいと。でも東京だと、なぜか陰湿な感じになるんですよ。逆に沖縄だと楽しんでやってくれるんですよ。どうしてこんなに違うのかなと思ったんですが」

先ほど山入端佳美さんをオーディションしたとき、加那子が来たとおっしゃってましたけど、彼女は抜群の存在感だったわけですね?

「オーディションの時に、灯台前の加那子を前に出して歌わせようとするシーンをやったんですよ。ポスターにもあるところですね。
 歌いたくても歌えずにしゃがみこんでしまうというシチュエーションなんですが、これはとても難しいんですよ。意味が分からないんですよ、多分。やってと言われても難しいと思うんですよね。
 他の子たちは一人も出来なかったですね。この佳美以外は。彼女には設定を言っただけで、何も演出をつけてないですよ。
 加那子が4歳の時に、歌を探しに行くと言って父ちゃんが帰ってこなかった。それで加那子もお母さんもすごく苦労した。だから歌に対して、父ちゃんに対して恨みがあって。でも本当は歌が好きなんだと。でもその恨みがあるから、自分としては歌いたい気持ちがあるんだけど歌えないんだよという話をして」

ひとつのシーンでそれだけの気持ちを込めるというのは難しいですね。

「すごく難しいシチュエーションなのに、佳美は出来たんですよ。ビックリしましたね。ただ、オーディションの時にその芝居をやらせるとすごく暗くなるわけですよ。けど暗いままで終わるのは嫌だったんで、しゃがみこんだ後に、何ちゃってみたいな感じで自分の好きな歌を歌いなさいと設定したんですよ。それはもうおまけなんですけども。
 それで佳美は本当に歌いたいけど歌えないというのをやったわけですよ。本当に部屋中の空気が重くなりました。その瞬間にパーッと立ちあがって、ビギンの曲をはじけるようにして歌ったんですけど、それにまたビックリしたんですよ。僕が書いた加那子というのはしゃがみこむまでだったんですよ。
 でも、佳美の加那子はそれよりも先を行っている感じがしましたね。僕はそこまでは書けなかったですね。それ以来、僕は加那子のバーンとはじけていくキャラクターを作っていったんですよ」

この映画では最後に本物のビギンが登場していました。いわゆる伝記映画に本物が登場するというのは諸刃の剣というところもあると思うんですが、そのバランスはどのようにして考えましたか?

「ビギンの高校時代の映画を作ろうと思った時点で、観客はおそらくビギンが登場することを期待するだろうなと思ったわけです。監督としてはその期待に応えないといけないんだろうなと。でも僕は、ちょっとした通行人とか、ちょっとセリフのある役で本人が出演するというようなのは嫌いなんですよ」

そういう本人の登場の仕方はよくありますよね。

「それって、映画の世界から日常の世界にいきなりそこで連れ戻されるような気がするんですよね。そういう使い方をしたくないなと。ビギンはビギンとして出てもらいたいと思ったんですよ。でもどうしようかなと思っているときに、エンディング曲を作ってもらえることが決まったので、エンディングで歌ってもらおうと思ったんですよ」

最後にビギンが登場すると、不思議な感じがしますよね。

「僕の映画って一番最後でいつも場所と時間が狂うんですよね。
 『ナビィの恋』 でも、最後は時空が狂っているでしょ。結婚式の間に子供がボコボコ生まれちゃうし、ワンカットでボンボン時間が経ってしまう。
 『ホテルハイビスカス』でも、最後はみんなカメラ目線になってしまう。そういうのが好きなんでしょうね。ラストは、これもしょせん映画なんだからという風にしたいのかもしれないですね」

僕はすごくいい具合にミックスされたラストだと思いました。

「僕はね、どうしても海を撮りたかったんですよ。海を撮ることでどうしてもセイリョウを感じて欲しかったんですよ

執筆者

壬生智裕

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