戦後日本の繁栄を支えた京浜工業地帯の中心都市・川崎を象徴する町、“夜光”。母親殺しという許されない罪を犯した男、棟方は少年院を出てこの町に辿り着く。“夜光”に住まう内に少しづつ日常の歯車はずれてゆき、残酷な現実はその姿を露わにする…。
この作品では聖書や有島武郎の同名小説『カインの末裔』などをベースに現代の社会や宗教に大きな疑問を投げかける。
 
今作はベルリン国際映画祭<フォーラム部門>正式招待され、大きな反響を呼んでいる。
革新的な映画を撮り続ける奥秀太郎監督にお話を伺った!

 “まずは暗い作品をやりたかった”

——この作品をお作りになるに到った経緯とは?

「『赤線』をやった後に色々考えたり悩んだりしていたのですが、渡辺一志と話をしていてとにかく今、こういう暗い作品を作ろう、という話になって僕自身も次はそういうのをやりたかったんで、それがスタートですね。ちょうど『ドッグヴィル』や『ブラウンバニー』を観て、やはり暗いのをやろうと思ってたのでこういった方向になったわけです」

——その後、題材を選んだわけですか?有島武郎の同名小説『カインの末裔』がもとになっていると聞きましたが?

「そうですね。『カインの末裔』がまずあって、さらに旧約聖書のカインの話などを取り入れて、今これをやっておこうという感じでしたね」

——これまでの作品とは違って、静かな印象ですが?

「今回はとりあえず抑えてやってみようという気持ちでした。でも、次の作品はまた有島武郎作品なんですが、そちらでは音楽が戻ってきて激しくなっています。そちらはオール女性キャストでガーリーな作品に仕上がっています」

——有島作品が続きますね?3作目はないですか?

「残念ながらないですね(笑)。『生まれいづる悩み』や『クララの出家』など好きな作品は多いので、機会があればぜひとも作りたいですが」

——キャストの方々ですが、まず主演の棟方役・渡辺一志さんはいかがでしたか?

「そうですね、彼はいつも役を自分の中で作り込んできてくれるのですが、今回も彼の演技は素晴らしかったです」

——天真爛漫さの中に冷めた目を持って主人公に寄り添う、ゆかり役の楊サチエさんはオーディションで選ばれたとのことですが、どういった点で選ばれたのでしょう?

「何回もオーディションをしたのですが、楊さんは可能性のすごくある方だなと思い、選びました。これは別の人が言っていたのですが、すごく含みがある演技ですよね。その“含み”がいいですね。あと帰国子女というのも大きかったですね」

“今、何をやらなければならないのか”

——今回のロケーション場所ですが、川崎という街が印象的でした。なぜ川崎を選んだのでしょうか?

「最初スタートした時はなるべくフォトジェニックじゃない所にしようと思っていました。というのも僕は今、フォトジェニックなものを撮る必要はないと思っているんですね。つまり絵になる、とか写真的、というのではないものにしたい。なぜかというと例えば、70年代や80年代に撮られたものって当時の人々には普通の情景であり、全くフォトジェニックでなかったわけです。それが、今観るとノスタルジーが含まれたりフォトジェニックなものになるわけですよね。だから今撮るべきは、レオパレスやコンビ二、ブルーシートなどの日常の周辺事物だと思うんですよ。そこに今面白さがあると思うんですね。今回は比較的フォトジェニックになってしまいましたが、それでもそういった点で川崎にしました」

——そういった作品作りに何か監督の考え方が表れていますね。

「そうですね。僕はパンクやハードコアという言葉にすごい惹かれるんですね(笑)。そういう言葉があり、なにか新しいことをインディペンデントでやりたいという時に表面だけでは駄目だと思うんですね。例えば世の中にはパンクバンドにしてもほとんどが形骸化しているわけですね。パンクの格好をしていればいいというね。そうじゃなくて、今何をやらなければならないのか、と考えた時にまず、なるべく新しい役者を使う、つまり誰かが使った役者を使おうというのではなく、自分達の所から新しい人が生まれて欲しいのです。さらにそれを何かしら新しいスタートラインにしたいと思って、まず渡辺一志からスタートしたわけですね。つまりそういった新しい取り組みの第一歩としてこの作品はあるわけです」

——この作品では現代の日本の宗教の実像が大きく描かれていたように思えますが?

「ここでははっきりとは言えないのですが、今の日本の宗教の実情に焦点をあてています。特にカルトに関してですね」

——テレビが頻繁に映り印象的ですが、何か意味を込めたのでしょうか?

「今の時代、テレビが持つ意味はすごく大きいと思うんですね。さらに工場地帯には何故かテレビが必ずあるんです。最後に棟方がゆかりに向き合う時にはテレビのああいった役割が必要だった訳です。そういった狭い世界に生きる人の社会との接点というイメージは持ち込みました」

——ベルリンには初めて行かれるのですか?

「自分が行くのは初めてですね。心配なのは質問に答える時に通訳の方がどれぐらい出来るのかということですね。特に宗教のことを質問されると思うので」

——今後の活動は?

「まず、3月に書道家の武田双雲とピアノの稲本響と僕の舞台がありまして、映画では有島作品の『ども又の死』、そして『桜の樹の下で』があります」 

執筆者

oki

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