「ハイチの人たちは何かトラブルが起こっても慌てない。できればいいでしょ、みたいな感じでね。でも、実際、あきらめないで最後まで続ければ、なんとかなるものなんですね(笑)」。錦織良成監督の『ミラクルバナナ』はハイチを舞台にした、日本人女性の奮闘記だ。人々は底抜けに明るい、けれど経済的には貧しい。子供たちはノートすら買えない。そんな地に赴任したヒロインがバナナの木から紙をつくるプロジェクトを立ち上げて……。主演は小山田サユリ、脇を山本耕史や緒形拳、現地の俳優たちが固めている。撮影の大部分をドミニカとハイチで行った本作、カルチャーギャップは劇中だけでなく、撮影中も多々あったとか。政情不安定なハイチの映画を撮ることは無謀と言われ続けた監督。けれど、冒頭のコメント通り。出来上がった作品は爽やかな感動をわれわれに残してくれるのだ。

※『ミラクルバナナ』は9月16日、シネマート六本木ほか全国順次ロードショー!!






ーー映画化のきっかけは一冊の絵本。
『ミラクルバナナ』(学研)という絵本を本屋で見かけたのがはじまりです。この本の紙はバナナの木で作ったもの。この本自体が通販のみで普通は書店には置いていないらしいんですね。僕が見つけたのは本当に偶然だったんです。で、その本を何気なく読んでたら、巻末に「バナナの紙ができるまで」という付記があった。ハイチ共和国で実際にあったプロジェクトだったんですけど、その中心人物が日本人だったんです。その話にすごく惹かれて。じゃあ、取材をしてみようと国内のプロジェクト関係者にあたっていったのが始まりです。

 ーーバナナペーパーの話を映画にしようと思うのは監督らしい気がしますが。
 そうですよね(笑)。普通は思わないでしょうね。まぁ、僕自身、最初は映画化を前提にしていたわけでもないんですけどね。ハイチのことは行ってみなければわからないっていろんな人に言われて。現地に行ってみてこれはいけると感じました。

 ーーハイチは政情不安定で多国籍軍も派遣されています。取材に行くことすら困難だったのでは。
 確かに渡航するだけでもたいへんでした。実際、政情は不安なんですけど、僕が驚いたのはそうした中にあっても現地の人たちが前向きで明るいことです。経済的に困窮していても町の人たちの心は貧しくない。逆に日本人は本当に豊かなんだろうかと考えざるを得ませんでした。日本では毎年1万人が交通事故に遭い、3万人が自殺しています。ハイチを取材すると同時に日本の現状が透けてみえたんです。それが映画化への足がかりになりましたね。

 ーー本企画の最中、日本でネガティブな事件に何度か遭遇したとか。
 これも偶然なんですけどね。ハイチは悲惨だ、危険だと周囲から聞かされてましたけど、じゃあ日本はどうなの?そう問いかけたくなる体験が続けざまに起こりました。銀座のビルから人が飛び降りたり、渋谷で引ったくりの現場を目撃してしまったり、車の炎上事故に遭遇したり。神戸に出張した時は知人の店が入っている雑居ビルが火災に遭いましたし。そして、どういうわけか、本作のプロデューサーと必ず一緒にいるときに目撃しました。なんだか映画作れって言われてるような気がしましたね。

 ーー小山田サユリさんをヒロインに起用したのは?
 フランス語の経験のある人を探してたんですけど、ドミニカを見に行って撮影ができそうだったらお願いしますってあらかじめ言っておいたんですね。彼女自身、ヒロインの幸子同様、根性のある人でしたね。これまでも中国のロケなんかできつい現場を経験したこともあるようで。

ーー脚本完成から撮影に入るまでに3年ほどの間がありますね。
 ハイチで水害があったり、政治的なクーデターが起こったりで現実にロケをするのが難しくなってしまった。で、ある時、ドミニカに近い景色があるという情報が入りまして、現地に赴いたんです。これでダメだったらあきらめようくらいの気持ちでしたね。で、ドミニカに着いたらいわゆる観光地で、明かりがこうこうと(笑)……。ダメだな、これはって最初は思いました。ドミニカはブラジルあたりとの混血も多く、人種の違いも指摘されてましたしね。だけど、どうにかしてドミニカ中を車で巡り、ハイチをほうふつさせるような景色を見つけ出しました。俗に3Kと呼ばれるような仕事は密入国したハイチ人がやっているらしいんですが、劇中に出てくるエキストラもそういう人たち。彼らが住まう場所は犯罪率も高く、ドミニカのスラムのようなところです。だから、逆にハイチで撮影するより治安は悪かったんじゃないかな。

 ーー撮影中のトラブルがたえなかったとも。
その話だけで、本一冊書けるかもしれません(笑)。日本人と現地のスタッフとペースからして違うんですよ。撮影のスケジュールは毎日遅れましたし。車も毎日壊れたし。美術スタッフが風車を作ったら、翌日には羽を取られて壊されてってこともありました。それからはガードマンを立たせるようにしたんですが。
 あと、エキストラにオレンジを配ったら「もっとくれ!」「もっとくれ!」と暴動になってしまったこともありました。緒形さん、小山田さん、山本さんが車に乗って市場を移動するシーンだったんですが、この場面の撮影はやむなく打ち切りましたね。

 ーー役者もたいへんでしょうね。
 俳優さんに気を遣えるような現場でなかったのは確か。というのも、同じドミニカでもいろんな場所で撮影してるんです。このスラム街で撮影したら次は300キロ離れたスラム街で撮ってって。で、そこまで移動する間に車がパンクすることもありました。山賊が出るような場所でガードマンがサーベルを持って警護してって状況。要はそういう国でロケしたってことなんです。緒形さんは「おれをこんなところに連れてきた現場は初めてだ」と苦笑してましたけど、これは誉め言葉として受け取っています。

 ーー現地の子供たちがバナナペーパーを作る場面は本当に感動しました。
実はもっとキャッキャッ言うのかと思ってましたけど、みんなすごい集中力でしたね。あの子たちってもちろん、演技の経験はないですから喜ぶ顔とかちょっと照れくさそうだったんですよ。でも、踊りのシーンになるとね、やっぱりすごい。感心しましたよ。みんな、うまいんです。

ーーあのシーンを見て「いい現場だったんだろうな」と思いましたね。
実際ね、いろいろあったけれど、中盤以降は現地のスタッフとも気心が知れて本当の意味での共同作業ができました。逆にガードマンとの距離が近くなりすぎたのがかえって怖かったくらいで。冗談いうのはいいけどちゃんと警護してねって(笑)。ハイチの人たちは何かトラブルが起こっても慌てない。できればいいでしょ、みたいな感じでね。でも、実際、あきらめないで最後まで続ければ、なんとかなるものなんですね(笑)。それってこの映画のテーマでもあるんですけど。

執筆者

terashima

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