7年前、日本映画学校の卒業制作として製作した『あんにょんキムチ』で一躍世界的な注目を集めた、キムチ嫌いの在日3世・松江哲明監督。在日ネタはもうやらないと考えていた監督が、再び在日韓国人を扱った作品、それが『セキ★ララ』である。

人気AVメーカー・ハマジムで製作された本作は、世界で一番有名な日本の映画祭といわれる山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映されることに。
(映画祭で上映された『セキ★ララ』は、発売中のDVD (タイトル(「Identity」)より30分 ほど短いディレクターズカット版。)
初めてのアダルト作品とあって、問い合わせが殺到。当初予定していた会場では収容できない程の観客が集まり、急遽会場を変更しての上映となった。

アダルトと在日という、一見ユニークな組み合わせに至った経緯や、監督のドキュメンタリーに対する想いを語ってもらった。





——在日韓国人のアイデンティティと、AVという組み合わせはとてもユニークです。

「AVを撮る時に、AV女優さんのプロフィールというのがあります。そこには3サイズ、好きなHなどが書かれていますが、その中に身分証明として外国人登録証と書いている人がいる。それを見てて、何でこんな面白そうなことに触れた作品がないのだろうと感じていました。そんな時にプロデューサーのカンパニー松尾さんから『松江の撮りたいものを撮れ』と言われた。在日というフィルターを通して、人を魅力的に撮る自信はありました。」

——アダルトビデオで在日を扱うことに反対はなかったのでしょうか。

「松尾さんに、『(売れないのは)覚悟しておけよ』ということは言われましたが、撮るなとは言われませんでした。作品を撮るということは、売れる売れないという数字だけのことではない。よく松尾さんが”安くて早く出るファーストフードのお店も、こだわりの食材で作った高いお店も、どちらも需要はある。良い悪いは観る人が決めること”という例えを言います。作品の良し悪しは数字じゃないと思います。作家・伏見憲明さんが作品を観て“人間は上半身と下半身で仲良くなる。上半身、すなわち頭でケンカしていても、下半身ではすぐに仲良くなれる。『セキ★ララ』にはそれがあるから良い。”と書いてくれました。その言葉は凄く嬉しかったです。」

——松江監督自身も、在日3世。おじいさんはほぼ日本語しか話さないという環境でしたが、被写体である在日の人をどのような視点で撮ったのでしょうか。

「在日といっても、僕はほとんど在日の友達はいない。僕がドキュメンタリーを撮る時は、人との関係性を撮りたいと思っています。『あんにょんキムチ』も僕の中では、”在日”について撮ったというより、”家族”を撮ったつもりです。在日についてプロパガンダ的には撮りたくありません。在日というのは一つのキーワードであって、人を見せる時の隠し味という程度にしたかった。なので、あくまでも自分の視点で、セルフドキュメンタリーとして撮りました。その手法は、日本映画学校の講師だった安岡卓治さんの影響。安岡さんと出会って初めて、自分のアイデンティティを出していいんだということを知りました。」

——後半では中国人留学生という、在日の人とは立場の異なる人が出てきますが、それは意図的だったのでしょうか。

「意図的ではないです、たまたま杏奈ちゃんという面白い子がいた。前半の相川の話が綺麗にまとまりすぎて、予想の範囲内で終わってしまった。スタッフに『在日って、韓国人じゃなくてもいいんだよね。』といわれて会ったのが、杏奈ちゃん。面接に来た時に、こういう仕事について親も知っているとか、迷いがなくて面白いと思いました。杏奈ちゃんと一緒に出演する在日朝鮮人2世の花岡さんは在日を“中途半端”と言っている。彼を杏奈ちゃんのフィルターを通じて撮りたいと思いました。」

——杏奈さんの好きな言葉など、印象的な発言が多くあります。

「一日の関係性とか、ふと出てきた言葉を撮るのが好きです。『セキ★ララ』は、長い時間かけて撮影したのかと思われますが、杏奈ちゃんと花岡さんの部分は1日、相川のシーンも3日で撮影しました。普通に生きていて、すごく楽しい日とか、印象に残る日というのは、一年でも数日。長期間かけて撮るのも良いと思いますが、最近気に入っているのは、短期間でカメラがあるからこそ出てきた言葉を撮ることです。実際、カメラがあるからこそ出てくる言葉というのがある。僕が撮った『カレーライスの女たち』
』というのも、人との関係性だけを撮りたいと思った作品。『『カレーライスの女たち』を撮って、この撮り方が良いと思うようになりました。」

———監督の日本映画学校での卒業制作『あんにょんキムチ』を観た人は、まさか監督がAVの道へ進むと思わなかったのではないでしょうか。

「『あんにょんキムチ』と『セキ★ララ』のズレにびっくりする人もいると思いますが、基本的に『あんにょんキムチ』もAVも撮り方は変わっていません。『あんにょんキムチ』も”AVっぽい”とか”AV好きでしょ”と言われます。一緒に観て貰うと似てると思われるのではないでしょうか。」

——最近面白かったドキュメンタリーはありますか。

「『スティーヴィー』が面白かった。今までああいう形で犯罪者を撮ったものはなかったと思います。犯罪者であるスティーヴィーは、善悪で判断すると悪。映画での出発点は監督とスティーヴィーの関係性であり、それが最後までぶれない。そこがこの映画の凄い所だと思います。監督の視点でのスティーヴィーだけでなく、第3者である観客が観た時に、監督とは違った感情、例えば同情だとか嫌悪といったものを持ちえる作品だと思います。他には『送還日記』『ヨコハマメリー』もそういう意味で好きです。
逆に、『スーパーサイズ・ミー』のような作品には否定的。結局はマクドナルドを食べれば体に悪いというプロパガンダ。そんなのは実践しなくても誰にでも分かることです。あの作品で僕が面白かったシーンは、マクドナルドの食べすぎで、監督が妻とSEXが出来なくなってしまった部分。僕ならああいう部分を掘り下げたいと思う。でもあの作品は、結果を求めているのでプロパガンダとして閉じられてしまっています。」



——というと、松江監督は撮影中に面白いものが出てくれば、そちらに脱線してゆく撮り方なのでしょうか。

「よくドキュメンタリーはだらだらとビデオを回していると思われがちなのですが、撮るものの到達点というのは決めてあります。そうでなければ脱線したのかどうかも気付かない。ドキュメンタリーは最初に撮った時と、編集の時にずれてくるものだと思います。撮影中に被写体がこれは決め手の言葉だなという言葉を言います。でもそれを使おうとは思わない。その言葉が出てくる前に、その前兆の言葉を発している。その言葉で、その人が思うことの過程がわかる。結論よりも過程の方が面白いと思います。」

——山形の映画祭へ出品することになった経緯は。

「山形は常に目標としているものであり、多くの人に観て貰いたくて出品しました。AVで発売した時に多く売れていたら、出品していなかったと思います。AVを観る人は、ヌケルかヌケないかで作品を選ぶ。『Identity 』(『セキ★ララ』のAV発売時のタイトル)はジャケットに可愛い女の子が写ってないし、全く売れなかった。作品を観て欲しいと思う人に観て貰えてないと思いました。」

——映画祭では大盛況で会場が変更される程だったとのことですが。

「山形の映画祭は、『あんにょんキムチ』の頃でも知っていますが、普段映画祭に来ないようなカップルや、若い人たちが来てくれて面白かったです。中には親子で来ましたという人もいて、これAVだけど大丈夫かな…と思いましたが。(笑)。会場の一番後ろで上映を観ていたのですが、最初のSEXシーンで客席がサーーッと引いていくのを感じました。あれは見ていてなかなか痛快でした。(笑)でも、その後のシーンをみて、そのSEXシーンは必要だったと分かって貰えたと思うので、2度目3度目のシーンでははそういうことはありませんでした。」

——映画祭での反応はどうでしたか。

「もっと怒られるんじゃないかと思っていましたが、それは全くありませんでした。最初のSEXシーンで出て行く人もいましたが、最後まで見てくれた人達は、出演者達に対して肯定的な反応でしたね。」

——『あんにょんキムチ』から7年。当時監督は在日韓国人であることに対して、否定的な発言をしていました。あれから韓流ブームなどもありましたが、監督自身の中で変化はありましたか。

「僕自身は変わらないと思いますが、社会の変化にはびっくりしています。韓流ブームだから自分の作品が上映されるとは思いませんが、まさか7年後にまた『あんにょんキムチ』が劇場上映されるなんて。当時のスタッフもびっくりしています。あの頃は『シュリ』が上映されていましたが、まさかここまで韓国ブームが続くとは思いませんでした。ワイドショーで、韓流スターを取り上げたすぐ後に、北朝鮮のバッシングの映像を流している。祖父の時代には同じ大陸だった国を、一方は善、一方は悪と当たり前にとらえているのに違和感を感じます。」

——今後在日ものを撮ろうと撮ろうと思いますか。

「『アイデンティティ2』は撮りたいと思っています。企画で、竹島に行きたいと言っているのですが、笑い話で終わっています。(笑)在日に関わるとすれば、被写体がいるかどうか。”在日1世2世でも頑張っています”というのは撮りたくない。そこがテーマになってしまうし、それがテーマになってしまのなら、被写体が誰でも同じものになる。人は違いがあるから面白い。違う面を出せるものを撮りたいです。」

——今後撮りたいドキュメンタリーは。

「今の時代、勝ち組だとか、負け組みとか大きく分けてしまっているけど、そうではないと思っている人も多くいると思います。そういう二元論でなくて、間の幸せを写すようなドキュメンタリーを撮りたいです。小さい視点から、社会問題などの大きなテーマを、あくまでも自分の視点で撮りたいですね。」

執筆者

suzuki

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『セキ★ララ』公式サイト

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