淡々とした日常の中にある狂気を描く『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』。タイトルだけでもショッキングな本作は、平凡なセールスマンが民間機をハイジャックし、1974年当時ウォーターゲート事件の真っ只中にいたリチャード・ニクソン大統領暗殺を企てるという実際にあった事件を見事に映画化した衝撃作だ。
 が、完成への道のりは平坦ではなかった。1999年の製作発表時から主演は名優ショーン・ペンと決まっていながらも、資金面での問題や“9.11”事件などの影響を受け、製作準備は難航。多大な困難が襲う中、アルフォンソ・キュアロン(『天国の口、終わりの楽園。』)が製作に、アレクサンダー・ペイン(『サイドウェイ』)、レオナルド・ディカプリオが製作総指揮に名を連ね、構想から5年を経てついに完成となったのだ。
 本作が初の映画監督作となるニルス・ミュラーは語る。「映画作家として、これほどまでに今とつながりのある話を映画化する責任があるのではないかと思って頑張ったよ」。かつて世間を騒がせ、そして歴史から忘れ去られてしまった事件が、新鋭監督の手によって現代に甦る。

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——完成まで5年。日本で公開される今のお気持ちは?
長い間かかって出来た作品が、こうして日本でも公開されるのはとても嬉しい。日本に来て、知的で刺激的な質問をしてもらって、映画をきちっと理解してもらえているという手応えを感じているよ。

——政治的な内容ということもありますし、完成までの間、色々な困難があったと思いますが。
どんな映画でも作ることは簡単ではないけれど、やっぱりこのような政治的な内容のものは特に難しいと思う。『華氏911』も、明らかに興業的に上手くいくとわかっていても、ディズニーは配給に手を出さなかった。ハリウッドは、議論を呼ぶような映画は手をつけないから。でもだからこそ、インディペンデント映画の存在の意義があると思う。脚本を書き上げて資金を集めなければということになった時、大学時代の同級生のアレクサンダー・ペインに相談してみたら、彼の監督第1作を手掛けたプロデューサーを紹介してくれて。その人がショーン・ペンに脚本を見せてくれることになったんだ。でも、決まっていた出資の話がなくなってしまって、その間に9.11が起きてしまった。それによってますますお金を集める事が難しくなったんだ。そういう中で、クルーを集めることもしないといけなくて。これは資金以上に大変なんだ。こういう作品だと同じ志を持っている人でないといけないんだ。あまりにも困難がたくさんあって、話が終わらないからこれくらいにしておくよ(笑)。

——アルフォンソ・キュアロン、レオナルド・ディカプリオがスタッフに名を連ねることになった経緯は?
実際にお金を出してくれたのはアルフォンソ・キュアロンと彼のパートナーであるホルヘ・ヴェルガラなんだけど、この二人がいなければ映画は実現しなかった。またとてもラッキーだったのは、アルフォンソ・キュアロン自身が聡明な映画作家で、彼の意見というのを聞く事ができたこと。ディカプリオに関しては、以前彼の友人のトビー・マグワイアをテレビで使った事があって、トビーから脚本を渡してもらったんだ。なぜレオに渡す事になったかというと、ちょうど彼は私がやりたいと思っていた予算のレベルの映画に興味を持っていたから。彼は非常に気に入ってくれたよ。完成した映画を見てもらったら、レオは「またまたショーン・ペンはすごい演技をしたね!」と話していた。ちなみにアルフォンソは「ブラボー!」と言ってくれた(笑)。アルフォンソは非常に忙しい人なのに、ニューヨークでのプレミアもトロントの映画祭にも来てくれて。自分でプロモーションしてくれたのはそれだけ作品を気に入ってくれたんだと思う。

——ショーン・ペンは、抑えていながらも迫力のある、印象的な演技を見せています。最初から彼をイメージして脚本を書いていたのですか?
もちろんショーン・ペンはすごい役者だから、やってもらえたらとは思っていたよ。でも失望はしたくなかったから、特に誰というのはイメージしていなかった。脚本を書き終わった後はキャスティングをしないといけないから、その時に「ドリームリスト」として、ショーン・ペンのことを考えたんだ。だから彼が脚本を気に入ってくれたという留守番電話のメッセージを聞いた時は、ただただ嬉しかった。一番理想的な役者が演じてくれるというのは、表しようがないほど嬉しいことだね。
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——実際の事件に興味を持って脚本を書かれたそうですが、実在の人物であるサムをどうアレンジしたのですか?
 本物のサムをできるだけ取り入れて、描いているつもりだよ。これは真実の物語だから。一番参考にしたのが、彼がバースタインへ送ったテープ。実際には彼は何人もの有名人にテープを送っていて、今、それがテープ起こしをされて、原稿になっているんだ。それを全部読むチャンスがあったから、彼の言葉を参考に、彼の“本当”の物語を描いていった。

——サムに似ていると思う部分はありますか?
周りからは君に似ているねと言われたけど、ここまで極端ではないね(笑)。ただ、仕事を必死に探しているという状況は僕も体験した事がある。それと、絶望的なにおいというのは、お互いを呼ぶんだ。悪循環というか、頑張れば頑張るほどドツボにはまる。その状況はとてもよくわかるね。今はその状況から這い上がったから大丈夫だけど(笑)。

——“9・11”の影響をやはり受けたと思うのですが。
脚本はその前から書き上げていたし、“9・11”以降もほとんどセリフも変えていないよ。そういった意味では影響はほぼないけれど、作る価値が本当にあるのかというのはあったね。現実の方がすごいわけだから。でも逆に言えば、これは本物の話だったし、これほどまでに現代とのつながりのある話を戸棚にしまっておくのではなくて、やはり映画作家としては映画にする責任があるんじゃないかって。だから“9・11”以降、資金面などでとても大変だったけど、もう一度頑張ろうと思ったんだ。

——サムの目の前で彼の上司と客が一緒に話をしていて、カメラが一気に引いていくシーンがありますよね。サムの孤独感が強烈に伝わって来るとても印象的な場面だったのですが、演出をする上で心掛けた点はありますか?
そのシーンを覚えてくれてたの?ありがとう!例えばアクション映画はカメラが動くことの方がいいことも多いけれど、演技力で持っているような映画は俳優の演技をカメラワークが殺してはいけない。今回は特にショーン・ペンと観客の間に割って入って、スタンプを押したように、自分のスタイルを押しつけるのは避けたかった。とはいいつつも、今言ってくれたシーンのように、僕なりに気に入ったカメラ使いをやっているところはもちろんあるけどね。

——本作で高い評価を受けた監督ですが、次回作の予定は?
今のところ、この作品にどっぷりつかっているから…。他の作品に取り掛かる時間がまだ十分にあるわけではないけど、今書いている脚本は、僕の出身地を背景にしたユーモアのある群像劇で、仮のタイトルは『ミルウォーキー・ストーリー』。小津の『東京物語』の半分も良くできれば、きっと素晴らしい作品になると思うよ(笑)。

執筆者

yamamoto

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