松尾スズキがトンデモ精神科医を怪演!?原作とは一味違う『イン・ザ・プール』三木聡監督インタビュー
「僕が撮るなら、原作とはかなり違ったものになりますよ」、三木聡監督は『イン・ザ・プール』の映画化にあたり、プロデューサーにこう話したという。白衣の下は常にヒョウ柄、診療時間は趣味の話題で勝手に暴走。患者よりずっとヘンな精神科医・伊良部を描く『イン・ザ・プール』。原作は奥田英朗の同名小説で、続編にあたる『空中ブランコ』が直木賞を受賞したことは記憶に新しいのではないだろうか。劇的なハチャメチャさを備えたこの主人公を三木監督は松尾スズキに演じさせ、ヘンはヘンでも原作とは似て非なる三木版・伊良部を作り上げた。患者に扮するはオダギリジョー、市川実和子、田辺誠一ら。独特のヌケ感は原作の奥田氏も絶賛したとか。「トリビアの泉」など人気番組の構成作家として、はたまたシティボーイズ・ライブの演出家として、活躍してきた三木聡の、これが本格的な映画初監督作となる。
※『イン・ザ・プール』は5月中旬、テアトル新宿、シネセゾン渋谷でロードショー!!
——映画化を依頼された時、ほぼ即答でオーケーを出したそうですね。とはいえ、原作の面白さを映像にするのはかなり大変だったのでは?
小説中の伊良部像はキャラクターとして完成しているじゃないですか。あれを実際の役者さんにやらせるとなると・・・どうなんだろう、というのはありましたね。だったら、いっそ原作とは違うタイプの伊良部像に変えてしまおうと思った。そんな話をしているうちに、松尾スズキさんの名前が挙がったんですが、僕に異論はありませんでした。松尾さんは登場するだけで100%おかしい。正直、お願いするにも敷居は高かったんですけど、継続性勃起症のエピソードだけ書き上げ、読んでいただいたところ、興味を示してもらえました。伊良部そのものは松尾さんを前提に書いたものです。こうした変更も原作者の奥田さんが快諾してくださり、有難かったですね。
——撮影は去年の6月。伊良部の診療室は暑かったとか。
診療室は水道局の地下スペースをお借りして撮影したものだったんです。ということで、冷房もなかった。とにかく、暑かったですよ。しかも、梅雨なのに撮影日はほとんど晴れてましたしね。
——原作は伊良部を軸に何篇かの物語に分かれていますが、映画では3つの話が同時進行で進みます。エピソードのセレクト、脚本の構成についてお聞きしたいのですが。
さっき言った継続性勃起症の患者の話、プール依存症の話、あと、市川実和子さん演じる強迫神経症の話は原作では男ですが、3つのうち一つは女性にしたかった——原作にボディコンのストーカーも出てくるんですけど、これは僕自身のテリトリーにないものだったんです。で、結局、この3本で作ってみたんですけど、なんだかオムニバス風になってしまった。それは避けたかったのでプール依存症のパートを全体に散らして、バランスを見ながら構成を練り直していきました。
——原作の「イン・ザ・プール」は伊良部シリーズのエピソードのひとつに過ぎませんが、映画はまさに「イン・ザ・プール」。プールに始まり、その間に他のエピソードが混じり、プールに終わる、そんな印象を受けました。
伊良部自体が「なんだ、このオヤジは!?」って思わせるキャラクターというか、うっとおしい奴ですし、起こる出来事も清清しいことばかりじゃない。プールでの水中撮影はそういう中でのアクセントにしたかったんですね。
——継続性勃起症のオダギリジョー、プール依存症の田辺誠一、強迫神経症の市川実和子。患者たちの顔ぶれもユニークですね。キャスティングはどのようにして決めていったんですか?
まず脇を固めていきました。ふせえりさんとか、岩松了さんやきたろうさん、僕のギャグを的確に把握してくれそうな人を先に配置しましたね。患者のキャスティングを決めたのはその後です。受けの姿勢が多いので、役者さんも大変。3人が3人同じような芝居だとまずいですから、微妙にタイプを変える必要もありました。まず、プール依存症のエリートサラリーマンは人間として出来た感じが欲しかった。泳ぎが絵になる役者さんというのも大前提で、田辺さんの名前が挙がったんです。オダギリくんの役は被害者にみえない被害者っていうスタンスが欲しかった。二枚目なんだけど、「俺ってどうして…」みたいなモヤモヤを抱えているような感じが良かったんです。市川さんは佇まいがおかしいんですね。立っているだけでスラップスティックな感じがして。
——3人の登場シーンはそれぞれ視覚的にも差別化を図ったとか。
撮影に入る前にそれぞれの物語の色分けをしましたね。美術もそうですが、レンズの設定からカメラ位置、アングルもね。一番低い位置にカメラを構えたのが市川さんの部屋です。逆にオダギリくんの部屋はちょっと変わってる感じで、一見、ヒッピー風。リビングスペースにいきなりお風呂があったりね。外人の部屋みたいになってるんで、ここはあまりローアングルで撮っちゃうとうっとおしくなるから、その辺に気を遣いました。田辺くんの家はそこそこいい生活をしているサラリーマン家庭の、ある種、普通っぽさを出したかった。クリスチャン・ラッセンの絵が飾ってあったりですね(笑)。
——伊良部のヒョウ柄衣装はもとより、ちょっとした小道具に目を向けたくなる作品です。オダギリさんが食べるアボカド納豆丼もおいしそうで。
この場面でのオダギリくんの芝居がまた、いいんですよね。離婚間際、最後に自分の奥さんが作ってくれた食事がアボカド納豆丼。調理法はごく簡単だし、見た目は「えっ!」って思うんだけどおいしい。どうしてこのメニューが出てきたかというと、どこかの喫茶店で食べて、すごくうまかった記憶があるからってだけなんですけど(笑)。
——ちなみに監督ご自身は伊良部に診てもらいたいような症状を抱えたことはありますか?
敢えていうなら強迫神経症ですかね(笑)。ガスの火を止めたかな、エアコンはどうだったっけ?なんてことは時々思います。その反面、火をつけっぱなしで仕事に没頭してしまったこともありましたね。湯を沸かしている最中に仕事のアイデアを思いついてしまったんですよ。気がついた時にはやかんが真っ黒に焦げついてました。
——最後に。観客の皆さんに本作のどこを一番見て欲しいですか。
どこを、というより、そのまま見て欲しいですね。皆さん一人一人がそれぞれ感じたことが正解なんじゃないかなと思います。
ありがとうございました。
執筆者
terashima