「読んだ途端に思いましたね。これは絶対、映画にならないって。でも、だからこそ映画にしてみたくなった(笑)」、池田敏春監督が5年ぶりの劇場映画を撮った。原作の『ハサミ男』(殊能将之著)は99年のミステリー界で大きな話題を呼んだサイコ・スリラーである。映画化不可能といわれた本作だが、池田監督は独自の構成を編み出し、小説版とは一味違った『ハサミ男』を完成させた。主演は豊川悦司と麻生久美子、そして、脇を固めるのは阿部寛や斎藤歩、石丸謙二郎らの演技派俳優たちだ。監督は言う。「タイトルの印象でただ残虐な映画だと思う人もいるらしいですけど、それで敬遠されるようなことになったら残念ですね。描きたかったことはまったく別のところにありますし」。猟奇殺人鬼がその模倣犯を探すというミステリーはラスト近くなるにつれ、切なさや哀しみを伴う愛の物語へと進化するのだ。

※2005年3月19日よりシネマメディアージュ他、全国順次ロードショー



ーー久々の劇場長編です。殊能将之原作の同名小説でメガホンを取ったのはなぜ?
毎年、お正月に『このミステリーがすごい!』(宝島社)にランキングした本を一気に20冊くらい読むのが趣味なんだけど、99年かな、そのなかに殊能さんの『ハサミ男』が入っていた。読んでみて、これは絶対、映画にならないなと思ったんです。一人称だからこそできるものであってね。で、そんな作品だからこそ、逆にこれを映画にしたいと思った(笑)。後に殊能さんからお手紙を頂いたんですけど、そこにも「映画にするのは難しいと思います」ってありましたね(笑)。

ーーいわゆるネタバレとも取れる、原作のラストを映画の冒頭でさっさと明かしてしまいますよね。
そう、こういうひっくり返しの部分が閃いたからこそ、撮ろうと思ったんですよね。

ーー本作は長谷川和彦監督や故・相米慎二監督からもアドバイスを受けているそうですが。
僕は脚本も自分で書くんだけど、そうすると客観的になかなかなれないじゃない。で、ゴジ(長谷川監督)にはいつもだいたい読んでもらってるよね。今回はラストについて、いろいろ意見をもらったし。相米は豊川さん演じる安永のキャラクターの参考にさせてもらった。言いそうなこととか、しゃべり方なんかのね。安永と知夏(麻生久美子の役)の関係は相米と俺の関係にそっくりなんです。劇中にあるけど、被害者の葬式に行くか行かないかで2人もめてる時、安永は「行け」って言い張る。「死体の第一発見者がその人のお葬式に行くのはごく当たり前の心の動きだ」って説得する。これなんかもね、相米っぽいんだよね。

ーー豊川さん、麻生さんとは初めての仕事だったそうですが、印象は?
 2人ともすごいよね。完全になり切ってる。劇中の重要なトリックも本読みの時の2人を見て「これだ」と思いついたものです。脚本には知夏の口が動き、男の声でしゃべるってあったんですけど、必要上、2人とも同じセリフをしゃべることになる。麻生さんと豊川さんの声が重なってね。僕らはこれをユニゾンと呼んだんだけど、まさに映画的な表現だと思いましたね。

ーー2人のシーンで演出上、気をつけたことはありましたか?
 あの2人の関係では手も握ってはいけないし、肩がちょっとでも触れるようなことがあってはならない、それだけは最初から最後まで気をつけましたね。役者2人に対してはどうしろ、こうしろというアドバイスはあまりしませんでしたけど。その代わり、役者とのコミュニケーションっていうのはよくやっている方だと思う。っていっても他の監督のことはよくわからないんですけど、プロデューサーには「こんなに役者と話しこんでいる監督はあまりいないよ」って言われましたし。

ーー自殺未遂シーンの麻生さんがものすごく色っぽい。日活ロマンポルノ出身だけはあると感心したのですが。
へぇー、そうですか。そう言われるのは初めてですね(笑)。確かに役者が本当に無心になるとーーキレイに撮られたいとか、そういう意識がなくなってしまうくらい無我夢中で演技をすると、妙にセクシーに見えてくるっていうのはありますね。麻生さん、あの場面は本当に夢中で芝居してましたから。


ーー映画好きなら嬉しいオマケの映画評論家たちが登場。塩田時敏さんや秋本鉄次さんが劇中事件のコメンテーターとして出てきますが、彼らのコメントそのものはカットされてしまったとか。
あのシーンは設定だけ説明して、あとは好きにしゃべってもらってたんですけど、まぁ、その内容が結構過激だった(笑)。今の時代性として「高校生が殺した、殺された」っていうだけでも映倫に通らなかったりするんですよ。だから、会話だけ二重にかぶせたんです。

ーー昨年の東京国際映画祭で上映した後、本編を5分間カットしたとか。
 そう、あの時は客席で見てたんですけど、お客さんの雰囲気で感じることってあるじゃない。観客が麻生、豊川の2人の方につくか、それとも警察側のストーリーに興味を示すか、どっちかだなと思ったんですけど、映画祭で見た時、前者だと感じたね。だから、警察サイドの話は少しカットしたんです。

ーー池田作品の醍醐味とも言われた血まみれ描写は本作ではほとんど登場しませんね。
もう、やり飽きたからね(笑)。タイトルが『ハサミ男』だから、逆にそういう映画なんじゃないかって思う人もいるらしいですけど、それで敬遠されるようなことになったら残念ですね。描きたかったことはまったく別のところにありますし。

ーー監督が一番言いたかったことは?
やっぱり、人を殺してはいけないということでしょう。これは殺人犯の話ではあるけれど殺すことによって、心の中がこんなに傷つくものなんだとわかってもらいたいですね。ラスト間際に知夏が言う「私はそんなに弱くない」にも掛かってくることなんですけど、最近の事件を見ていても子どもだとかね、自分より弱い者を相手にした犯罪があまりにも多い。懸念すべきことと思いますね。

ーー本作は父と子の話でもあります。原作を読んだ年に長年、会っていなかったお父様と再会したそうですが。映画化したのは、その邂逅にも関係がありました?
そうですね。父親とは8才の時に別れて40年間も会ってなかったんです。それが原作を読んで少しした後に現れたものだから、衝撃は大きかったですし、だからこそ、これを映画にしたいっていう気持ちも強くなったんだと思いますね。

執筆者

terashima

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