『オーバー・ザ・レインボー』は、交通事故で記憶の一部を失くした男が、大学時代の同級生の女性とともに失くした記憶をたどっていく話だ。2002年のコリアン・シネマ・ウィーク(東京国際映画祭協賛企画)での本邦初上映から2年の月日を経て、この度、ようやく一般公開されることになった。『シュリ』『燃ゆる月』『ブラザーフッド』のカン・ジェギュ・フィルム製作のロマンチックなラブストーリーだ。
 何かとてつもない記憶を失くしている気がする……彼は、現像ミスでぼやけた1枚の写真に写った女性——おそらく彼が大学時代から愛していた女性——を探し始める。この愛しさを感じさせる佳作を撮りあげたのは、本作が長編デビューとなるアン・ジヌ監督。2002年秋の来日時に「なんと言っても、日本は文化的に近い国。この映画には笑える部分も多いのですが、日本の方々がどういった部分で笑ってくれるのか、韓国の人とはどんな違う反応をするのか気になります」と語っていたのだが、コメディというわけではないのでお間違いなく(笑)。
 そのアン・ジヌ監督の、2年前に行われたコリアン・シネマ・ウィーク2002での共同インタビューから本作に寄せる思い、映像について、そして主演のイ・ジョンジェについてお届けしよう。

$blue ●『オーバー・ザ・レインボー』は、キネカ大森、池袋シネマ・ロサにて公開中!!$


——とてもステキな、希望を感じさせるタイトルですが、お話のほうは切なくて、そういう作品にこのタイトルをつけた真意は?
「私は大学の映画科を卒業しているのですけど、大学時代の作品のなかに『虹を探して』という12分くらいのものがあって、簡単に言えばその『虹を探して』を10倍にしたものが今回の『オーバー・ザ・レインボー』です。『オーバー・ザ・レインボー』というタイトルにしたのも、『虹を探して』の“虹”をキーワードにして撮ってきたこと、また“虹”と聞いていちばんしっくりとくる音楽、この作品にいちばんぴったりくる音楽は何か考えたときに、自分が大好きな『オーバー・ザ・レインボー』という曲が頭を掠めたので、そういう意味もこめてこのタイトルにしました」
——学生時代に作られた「虹を探して」というのも、記憶が関わってくる作品だったのですか?
「大学時代のその作品は、記憶とはまったく関係ありません。主人公が理想とする女性のつけているヘアピンが虹のヘアピンなんです。その虹のヘアピンを象徴的なものとして、虹のピンをした女性をずっと大学中探し求める、それが延々続く作品です。今回の作品と内容的に関連性はあまりないのですが、『虹を探して』の“虹”も、今回の“虹”も理想を指していて、同じように男性が女性を探していく、自分の記憶を辿りながら女性を探していくというストーリー。そういった意味においた象徴性が共通しています」
——“虹”に何か特別なこだわりをお持ちですね。
「自分が思うのは、各年代ごとに追い求めている何かがあるのではないかということ。それがはっきりわかっているときもあればわからないときもある。自分は何を探しているのだろう、何を求めて自分は彷徨っているのだろう。その何かというものを“虹”という言葉にしています」
——愛は雨に乗ってくるという言葉が出てきますが、これにはどういう象徴性がありますか?
「映画の中にいろいろな雨のシーンがあります。愛が雨に乗ってくるというのは、しとしと降る雨に自分が少しずつ濡れていくように愛が人に訪れるのではないかと、そういう意味を含めて使いました。私は自分をラブストーリーを撮る監督だと思っています」



——本作でイ・ジョンジェさんを起用されたきっかけと、彼の印象と才能について監督はどう見てらっしゃるか教えてください。
「まず、起用理由ですが、主人公は、現在はお天気キャスターで20代後半。過去の大学時代のシーンもあって、この両方を消化し得る役者と言いますと、私の知る限りでは2.3人しかいません。そのなかでもイ・ジョンジェさんがいちばんすんなりと担ってくれるのではないかと思いました。出演決定まで2年半かかりました」
——彼の魅力については?
「今回の映画ではたいへん純真な心をもった役ですが、彼は他の作品では違った役を演じているわけで、それぞれの役割をはっきり区分して演じられる役者です。この作品を通してとても誠実な役者だとも感じました。かなりこだわりをもっているようで、一定水準のシナリオでないとだめ。水準の低いシナリオに妥協して取り組む方ではないと感じました」
——イ・ジョンジェさんは、ラストシーンがとても気に入ってこの映画に出ることを決めたそうですが、具体的にはどういうことだったのでしょうか?
「最後のシーンはセリフが一切ありません。状況を流していくシーンなんです。8年間ずっと愛し続けた女性を前に、自分は軍隊に行かなければならない。軍隊に行くということは、男性にとっては喜ばしいことではない。青春期ですし。彼女が好きで好きでたまらなくて、汽車から降りて彼女を見に行くと、彼女は横断歩道で違う男と一緒にいて、彼は持っていた花束を落としてしまう。そのシーンが好評を博しています。イ・ジョンジェさんがそれまで出演した作品のなかでもっとも好きなシーンらしいです」
#——商業性から表現を妥協することについてはどのようにお考えですか?
「私が思うに、一般に監督が表現したいようにできない理由は、ふたつあると思います。ひとつはモラルに関するもの。韓国は、日本よりはこの面が強いです。しかし、私はモラルからかけ離れた映画をつくるつもりはないので、このことに関してはまったく心配していません。もうひとつは、産業的にそぐわないのでカットするということです。だいたいそういった意味で不必要だからカットしてしまおうと言われるものですが、私の場合、それをいかに必要なものとして固めていくかという形で映画作りをしています」
——この映画はどちらかというと、現在より過去に重点を置いているような気がしますが、この点についてがいかがですか?
「私はどちらかというと寂しがりやなんです。寂しさを忘れる方法がこういった創作活動であったり、あるいは、自分と同期の年頃の人たちと遊ぶことであったりします。そういったことが今回の映画にも現れているのではないかなと思います。この映画は、過去の部分では、同期の人たちと遊んだりするシーン、美しいシーンがたくさん出てきますけれど、そういった部分に自分の思いが反映されているのではないかということです。全体的に、この映画には暗いイメージがあるかもしれませんが、確かに現在のシーンはちょっと暗い、男女の仲も離れたところから始まるのですが、過去のシーンはとても楽しいシーンがたくさんありますし、40パーセントある過去のシーンはほとんど笑って和やかに見れるのではないかなと思います」
——パステル調で美しい映像ですが、映像についてのこだわりがおありですか?
「岩井俊二監督の『ラブレター』が大好きで、何回も見ました。手持ち撮影だと思います。それに私も倣ったわけですが、私の作品も岩井監督の作品のように現在と過去があり、現在のシーンは雨がたくさん降ってイメージ的にはどちらかというと暗い。しかし、過去は太陽が輝いていてとても明るい、パステル調で撮影しました。日本でもっとも手持ち撮影をする監督は、岩井俊二監督ではないかと思っています」

執筆者

稲見 公仁子

関連記事&リンク

作品紹介『オーバー・ザ・レインボー』