『悪い男』は、これまでのキム・ギドク監督作品の集大成と言われる一方で、いやそれ故だろうか?「人権を蹂躙する映画だと罵倒されたこともありましたよ」と淡々と語られた監督ご自身の言葉のとおり、おそらく我が国でも賛否両論は必至だろうが、そのいずれにせよ観る者に必ず強烈な印象を与えずにはおかない力作であることには間違いない。
 退廃的でありながら魅惑的なネオンと闇が織り成す世界で、ヤクザにより娼婦へと身を落とされていく女子大生の物語を、激しくも切ない恋愛ファンタジーと感じたのは、筆者自身の男性という属性故であるのかもしれないけれど、劇中の二人の気持ちの流れはたとえ現実的には悲惨な状況であろうとも、個人的には胸に熱いものが込み上げてきたのは事実だ。
 去る11月の下旬、キム・ギドク監督が、第4回東京フィルメックスの審査員として来日し、忙しいスケジュールの合間に合同インタビューに応じてくれた。本作をはじめとし、来年日本で新・旧未公開作品の連続公開が決定し、その魅力(とひょっとしたら反発?)をさらに多くの映画ファンに知らしめるであろうキム・ギドク監督の声をここにお届けしよう。

$navy ☆『悪い男』は、2004年2月下旬より新宿武蔵野館他にて全国ロードショー公開!$



——91年まで映画をご覧になったことがなかったそうですが?
キム・ギドク監督「私は韓国では小学校を出ただけで、工場に働きにでました。幼い頃から工場労働ということは、本当に余裕が無く文化的な生活とは無縁だったのです。その後5年間の兵役を終え、何の希望もない状況の中で駄目元でフランスに行ってみようと思ったんです。そこではじめて余裕が出来て、映画を観ました。はじめて観たのは『羊たちの沈黙』。それとレオス・カラックスの『ポンヌフの恋人』などですね。
 ただこうした作品を観たことで映画監督への道を思い立ったのかというとそうではありません。韓国に帰国してから、シナリオが書きたくなりました。これまで自分が生きてきた有様を、書いてみたいという欲求故です。そうしたことから映画監督の道を志したのです。例えば『コースト・ガード』(仮題)は軍隊での経験が、『受取人不明』(仮題)も基地の町での生活という、私の実体験がそれぞれ基になっています」

——新人俳優とご一緒されることが多いですが、その起用のポイントは?また、本作での主役の二人についてお聞かせください?
キム・ギドク「映画を作るときにはオーディションをよく行いますが、その際に重視することは、まず私の書いたシナリオのキャラクターにあうかということ。そしてそのキャラクターを思い描いた際にモデルとなった人物等があった場合は、その人に似ているかということです。
 ソナ役のソ・ウォンには、オーディションの時に白紙のようなイメージを感じました。白紙のような彼女であればこそ、女子大生がヤクザに騙され娼婦に転落していく過程を、すごくリアルにみせてくれるのではないかと。
 ハンギ役のチョ・ジェヒョンとは長い間様々な作品で一緒にやってきてましたので、今回は初めは別の俳優をと考え、数人の方々にアプローチしたんです。具体的にはチェ・ミンシクが有力でしたが最終的に話がまとまらず、長年の付き合いであるチョ・ジェヒョンにお願いしたのです」

——監督の作品はエンターテイメントと言うよりも、監督自身の内面を描いているように思います。作品の中では、女性をレイプする場面が出てきますが、ご自身は犯す方、犯される方いずれの立場で作品に臨まれてますか?
キム・ギドク「私はする方の立場、されるほうの立場のいずれかにも自分を置いているわけではありません。実際いずれの経験もありませんが、社会的にあるそれらの事象に関して、自分が見聞きし感じたことを表現することができないかを考えながら撮っているのです」







——本作は性差のはっきりした作品故に、観客が男性か女性か、また韓国、ヨーロッパなど地域差によっても受け取られ方が異なるのではないかと思いますがいかがでしょうか?またソナの両親が彼女を捜す努力をしたかが、作品からは稀薄でしたが…
キム・ギドク「確かにこの作品は韓国内でも非常に多くの論争を引き起こしました。国外でもベルリン映画祭コンペ部門上映時にも多くの論争を起こし、またスイスの映画祭に出た時には、ある評論家から「こんな映画は我々なら絶対に選ばない」とまで言われました。人権を蹂躙する作品だという罵倒をされたこともあります。
 しかし同時に、私の作品は同じくらい多くの映画祭に招待され、多くの方々から関心を持ってもらっています。本作は人権に関する映画ではなく、映画作品として評価して欲しいですし、映画の中でこうした問題を提起することによって、観客に様々なことを考えて欲しいと思ったのです。
 また、ソナの両親は勿論彼女を捜す努力はしたでしょう。しかし本作は、娼婦になった娘を捜すという作品ではないので、そうした場面は描きませんでした。また韓国では、実際に娼婦になった娘を探し出せない親は多数存在しますので、それほど不自然な状況でもないと思います」

——闇と人工的な照明のコントラストが特に美しかったですが、撮影で特に気を遣われた部分は?
キム・ギドク「この作品の撮影期間はひじょうに短く23日くらいでしたが、夜間シーンに関して、はセットを組みあおの中の三日間で集中して撮ったのです。これらのシーンでは、実際の売春街を再現しようとネオンを沢山使い、室内もそうした雰囲気を再現しようと気を使いました。照明に関しては、人工照明を沢山使ったわけではなく、高感度のフィルムを用い効果を狙いました。そして主人公のハンギを撮る時は恐ろしいイメージが出るように、照明を真上からあてることで彫りの深い影が顔に落ちるようにしました。逆にソナの場合はそれとは対照的に、横から充分に光りをあてて撮り対比が出るよう心がけたのです」

——日本の俳優で印象に残っている方、一緒に仕事をしたい方は?
キム・ギドク「『魚と寝る女』の時に、今村昌平監督の『うなぎ』に出ていた清水美砂を是非起用したいと考えたのですが、実現には至りませんでした。
 『少女』を監督もされた奥田瑛二。また『純愛譜』に出ていた橘実里はとても可愛いですね。『ドッペルゲンガー』の役所広司は、韓国ではアン・ソンギのような俳優だと言われてますが、彼も素晴らしい俳優だと思います。ただ、彼はあまりに有名過ぎますね。
 私がこれから日本の俳優さんを起用することになりましたら、やはり新しい俳優さんを発掘して一緒に仕事が出来たらと思います」

(2003年11月27日 銀座の某ホテルにて)

執筆者

殿井君人

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作品紹介
キム・ギドク4作品公式サイト