撮りながら学んでる感じです……『シーディンの夏』チェン・ヨウチェー監督単独インタビュー
台北から自動車で30分の所にある田舎町シーディンを舞台に、青年とその祖母、外国人女性の交流を描いた珠玉の短編『シーディンの夏』。どこか柔らかく優しさを感じさせる本作の監督は、若干26歳の新鋭チェン・ヨウチェー(鄭有傑)だ。昨秋の東京国際映画祭「アジアの風」部門でのティーチインで、流暢な日本語を話し通訳も兼ねた姿をご覧の方もいるだろう。
幸運なことに、本作の日本での劇場公開を控えて来日したチェン監督と、1対1でお話しする機会を得ることができた。海外の映画人取材としては特例的な通訳なしのダイレクトな取材で監督から聞けたのは、本作を通して経験した様々な人たちとの触れ合いのエピソードと、夢と希望に満ちた将来の夢。作品同様にさわやかで新鮮な印象が残った。人好きのするタイプ……音楽で参加した高野寛らに気に入られるのもなるほど。
そんな監督とこの作品の魅力の一端でもお伝えできれば幸いである。
$red ●『シーディンの夏』は、10月11日よりユーロスペースにてレイトショー公開$
——まず、『シーディンの夏』を作った理由、動機をうかがえますか?
「歴史の授業で文化について考えさせられたんです。台湾でも日本でも同じだと思うんですけど、今、自分たちは、教育制度でも政治的価値観でも恋愛に関してでも何でも、ほとんど欧米の考え方で生活しているような感じなんですけど、それでも根本的なものが違うという感じがあって、それは感情の表し方が違うのかなと思ったんです。自分の親とかおばあちゃんたちとの触れ合い方が欧米とは違うんですね。欧米では、“アイラブユー”って親に向かって言うけど、台湾とか日本では親に向かって“愛してる”なんて絶対口にしない。でも、親に対する感情は台湾でも日本でも欧米でも同じだと思うんです。基本的な感情は同じなんです。でも、表現の仕方が違うんです。だから、そういう文化の違いが生まれてくると思うんです。表現の違いから誤解が生じるという考えを脚本にしたかったのです。
それと、ちょうどシーディン(石碇)という町に行って、そこの美しさを知って是非ここで映画を撮りたいと思って。最後に出た天燈も、僕、大学二年生のときに初めて見て、それを見たとき本当に感動して、何故こんなに美しいものが今まで台湾の映画に出てこなかったのだろうと。こんなに美しいものが台湾にあるのに、どうして誰も撮らなかったんだってこれを撮ろうって。その天燈祭りをやっているところは、ピンシー(平渓)と言ってシーディンのすぐそばの山の上なんです。シーディンは山の下で、ピンシーは山の上。そこで、天燈祭りが毎年あるんです。そういう位置関係もあって、ここで撮ろうということになりました」
——西洋の人と東洋の人の感情表現の違いと言われましたけど、そうすると、この物語では、単なる若い人とおばあさんという図式よりも、おばあさんを中心にした西洋の人と東洋の人という図式のほうにより意識を置いたわけですか?
「脚本を書いたときはそうだったんですね。シャオツーとおばあちゃんだけのとき、ふたりの関係は冷めてたというか。シャオツーはおばあちゃんに冷たいみたいだけど、それはおばあちゃんが嫌いというわけじゃなくて、小さいころはきっと懐いてたんだけど、大人になってどういうふうにおばあちゃんと接していくか考えていたに違いないと思う。ふたりのこういうバランスの中にエリザというキャラクターが入ってきて、そのバランスを変えた。エリザのほうがおばあちゃんとの付き合い方が直接的なんですね。シャオツーは、エリザを通じておばあちゃんの可愛さを再確認したということを表したかったんです。よく身近なものを遠回りしてみて却ってよく見えるということを」
——ご自分とおばあさんとの関係など、作品に反映されるものはあったんでしょうか?
「それをよく訊かれるんです。『シーディンの夏』のあの家庭は、もしかして僕の憧れている家庭なのかなと思うんです。僕は、父が日本育ちで家の中がリトルジャパンのようで、台湾でもすごい稀なケースの台湾人なので、小学校のときからよく変な目で見られて、だから、あまり人のうちにも遊びに行かなかったし、友達を家に来させたくなかった。だから、こういう普通の家庭に憧れていたかもしれません」
——普通の台湾の家庭?
「はい。だから、僕とおばあちゃんの関係は、シャオツーよりももっと離れている関係なんです。距離的に離れて住んでいて、たまにしか会わなくて、いつもこっちから話題を作ることができなくて、いつもおばあちゃんは“これを食べなさい”“あれを食べなさい”って僕を見る度に食べさせる。それがおばあちゃんの愛情表現の仕方だと思います」
——キャスティングですが、シャオツー役のファン・チェンウェイ(黄健■)とは、初対面でビリヤードをされたとか?
「ふつう初対面のときはコーヒーショップとか事務所で会うんだけど、そういう堅苦しいのではなくて、電話で話したときに『どこで会おうか』って僕が聞いて、彼が『お前、ビリヤードやるか?』『ビリヤード好きだよ』『じゃ、ビリヤードやろう』って。実際、ふたり初対面でビリヤードするのは緊張する、カチカチなんです。でも、その緊張のなかでやっている間に彼の人間性がどんどんわかってきて、ぜひこの人と一緒に映画を撮りたいなって思ったんです」
——エリザを演じたマノン・ガルソーさんというのはどういう方ですか?
「彼女は、僕の友達のフランス語の先生だったんです。あの役は、外人がよく集まる街に募集のチラシを貼ってオーディションをしたんです。でも、中国語がしゃべれて、演技も出来そうで、綺麗な女の子はなかなか出てこなくて。僕は、一方的に俳優を知るのではなくて、俳優に僕のことを知って欲しいから『BABY FACE』を見せてそこから話を始めるんだけど、マノンだったら分かり合えるなと思って彼女にしたんです」
——おばあちゃん役のリー・シュウ(李秀)さんは?
「あのおばあちゃんは60歳から演技を始めて女優になったんですね。最初は舞台劇。それからCM。自分で脚本も書くし、日本舞踊の先生だし、絵も描くし、詩も書くし、歌も歌うし、オールマイティなアーチストなんです。彼女の映画を見て、可愛い面も悲しい面もすごく自然でいいなって思って、脚本を持って台南に訪ねて行ったら、『大丈夫だよ、演技好きだから。若い人とも一緒に映画撮りたいから』ってすぐにOKしてくれたんです」
——なんか素敵なおばあさんですね。
「僕たちの撮影はね、家を1ヶ月レンタルして改造して、そこはセットでもあり、宿舎でもある。だから、みんなで共同生活をして、ご飯も自分で作るんですね。おばあちゃんもよくご飯を作ってくれたり、撮影の合間に占いをしてくれたりで楽しかった。みんな、おばあちゃんになついてました。僕が悩んでいると、おばあちゃんが背中を叩いてくれて『そんなに緊張しなくていいよ。大丈夫だよ』って。本当に撮影のときも優しい、可愛いおばあちゃんっていうそんな感じだったんです」
——今まで短編を2本撮って、それで世界のいろいろな映画祭に参加できてすごくラッキーじゃないかなと思うんですけど……
「そうです。とてもラッキーです。いちばん幸運なのは、いろいろな人に助けてもらえたことです」
——人気俳優のダイ・リーレン(別名:レオン・ダイ『ダブル・ビジョン』)さんがちらっと出てらしたり。
「ダイ・リーレンは、シーディンを撮る前から知り合いだったんです。僕の短編第一作の『BABY FACE』をすごく気に入ってくれてて。で、僕が『シーディンの夏』の主人公の俳優を探しているときに、彼がファン・チェンウェイを紹介してくれました」
——他に助けられたなということはありますか?
「撮影監督のチャン・チャン(張展)。彼は、スタッフの中でいちばんのベテランで、いろいろなことを教えられました。それと、音楽の高野寛さん。編集のチェン・シャオトン(陳暁東)は、本当にこの映画を失敗から救い上げてくれた。本当はもっと長かったんです。カットされたシーンには僕の大好きなシーンがいくつもある。カットされた部分では、おばあちゃんが死んじゃうんですね。で、シャオツーが泣くシーンがあるんですね、5分間くらい。それもすごくよかったなって思う。あれを入れたら僕の言いたいことは全部言えるんですけど、そんな洗いざらい話さなくたって言いたいことは伝わるよってチェン・シャオトンが教えてくれたんです。そこに、高野さんの音楽が入ってきて、特に最後の天灯のところで音楽が入ってきたときにじーんと来る。だから、この映画は本当にたくさん勉強しました。僕にとってはまだ学生作品というか、これで学んでいるっていう感じなんです」
——将来的にはどんなものを考えていますか?
「いつもあれこれいくつもの脚本を考えてます。僕が撮ってきた映画からこういう映画を撮る人かなってよく勘違いされるんだけど、本当はもっと違う、なんていうかな、ギャグのあるようなのを……。娯楽性が高いっていうか、カッコイイ映画を撮りたいんですね」
——いろいろな“カッコイイ”があると思うんですけど。
「(新しい脚本は)『タクシードライバー』と『パルフフィクション』とヴィム・ヴェンダースを混ぜて、ジム・ジャームッシュも入っていると思う。でも、マネをしているつもりはなくて、そういうのが好きなのでそういう方向に行っちゃうんです。兄と夜中にウィスキー飲みながら『タクシードライバー』を見てて『お前、いつになったら野郎がふたりで夜中見るのに相応しい映画を撮れるんだよ』って言われたんです。で、『僕もそれ撮りたいんだよ。次、こういうのを撮ろうかな』って。脚本がスマートな、見ていて楽しい映画。あまり重くなくて、テンポが速い。いつも遅いって言われてるから。
最近見た映画に『シティ・オブ・ゴッド』があって、そういう豪快なヤツも好きなんです。近頃は、タルコフスキーも見直してる。いっぺんに3時間見ようとすると眠っちゃうかもしれないけど、毎日30分ずつ小説を読むみたいにゆっくり、何回も見返せる、そういうのも撮りたいなって」
——お好きな映画監督は、いま引き合いに出された方たちですか?
「たくさんいるんだけど、最近すごく気に入ったのは日本の是枝裕和さんで『ワンダフル・ライフ』が大好き。カメラマンと『幻の光』のライティングを研究したんです。好きな監督は時期によって違うけど、今は、是枝裕和さんとアンドレイ・タルコフスキー」
——自国の映画よりも外国の映画を見ることが多いのですか?
「昔はホウ・シャオシェンの『悲情城市』が大好きだったんです。それから、『ラブ・ゴーゴー』『熱帯魚』(ともにチェン・ユーシュン監督)、エドワード・ヤンの『ヤンヤン 夏の思い出』が出たときもすごいなって。エドワード・ヤンの『ヤンヤン』と『クーリンチェ少年殺人事件』このふたつが好きなんですよ」
——では、最後に、今後の抱負を。
「この9月から兵役で一年半くらいブランクができちゃうけど、戻ってきても映画を撮り続けていたい。もっともっといろいろなことをやって学ばないと一人前にはなれないですから」
執筆者
K.MIKUNI