昨秋、台湾で大ヒットを記録した『ダブル・ビジョン』が日本でも公開されている。台湾映画といえば、作家主義的な芸術映画が多いが、これは珍しいエンタテイメント作品でサスペンスもの。連続猟奇殺人事件を追う台湾警察とFBI捜査官の姿を描いている……と書けば、ありきたりのものに見えるかもしれないが、そこには東洋と西洋の異なった文化の下で生活してきた者たちの交流や、夫婦間の問題のほか道教(タオイズム)というまことに東洋的で台湾的な要素が盛り込まれ、じつに濃厚でスケール感のあるスリラーに仕上がっている。
 監督のチェン・クォフーにとって、本作は93年の『宝島 トレジャーアイランド』以来、約10年ぶりの日本公開作品。妻子との覚めた関係を抱えるワケありの台湾人刑事にレオン・カーファイ、台北の事件に協力するFBI捜査官に『グリーン・マイル』のデビッド・モースというふたりを主演に迎え、台湾で人気・実力ともにトップクラスのレネ・リュウ(『青春のつぶやき』『夜に逃れて』ともに映画祭上映)やレオン・ダイ(『君のいた永遠(とき)』『運転手の恋』)、アン・リー映画の父親役でお馴染みの故ラン・シャンら名優たちで脇を固めている。
 では、インテリジェンスを漂わせる眼鏡が印象的なチェン監督の来日インタビューをお届けしよう。

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——道教や東洋と西洋のこと、夫婦・家族のことなど、ひじょうに色々な要素が詰まっている映画ですが、脚本を作るにあたって苦労されたことはありますか?
「自然にさまざまな要素が織り込まれていったんですよ。もちろんスリラーを書こうと思っていたわけですが。道教に対する好奇心が始まりですね。
 道教というのは、中国人にとってひじょうに重要な宗教であると同時に、ひじょうに謎めいたものなんです。実際のところ、よく理解している人はいない。だけど、中国人は、生活のいろいろな場面で道教を信じています。あちこちに道教の廟もありますし、いろいろな信仰に道教か影響を及ぼしています」
——台湾で大ヒットしたのは、道教を扱ったからという部分が大きいのでしょうか?
「娯楽性に道教は結びつきません。関係ないでしょう。
 それよりも、むしろ自分の良く知った世界・環境に対する共感のほうが大きかったと思うんですよ。今まで台湾映画に実際の台湾の社会を反映している映画はあまりなかったんですけど、たとえば台湾の警察の描写にはリアリティがあります。実際、映画館では笑い声がけっこう起こっているんです。警官同士のユーモアのあるやりとりなどが笑いを呼んでいたようです。焼き殺される女性が出てきますが、新聞で彼女はある議員の愛人であるとわかります。あれは、台湾ではウケるんですよね。ごく最近、そういうスキャンダルが起こったばかりで。台湾の観客には、すごくリアルなんだけど、一方ですごくリアルでない世界も描かれている映画。ものすごく複雑な思いで見ていたことでしょう」
——最後の部分は意図されて?
「最初のシナリオは、ありきたりな探偵物にかなり近い普通のサスペンスでした。1度書き上げて撮影に入る前に読み直し、こういう作品を撮ることが自分にとってどういう意義があるのかという角度から読み直し、書き直しました。主人公が経験していく様々な試練は、私の試練でもあるわけです。私が何を描きたいのかということを見出せなければ、この映画を撮る意味がないので、それを考えて書き直したのが今のヴァージョンです」






——カルト教団が出てきますが、実際に何か事件があったのですか?
「世界中でそういう宗教的事件は起こりますし、台湾でもありましたが、殺人までには至っていません。
 ただ台湾の人はものすごく迷信深い。生活に迷信が密接に結びついています。私もひじょうに迷信深いと思われるかもしれませんが、本当はぜんぜん信じていない。でも、主演のレオン・カーファイとデビッド・モースというふたりの俳優は、超自然現象みたいなことをとても信じているんですよ。キャスティングしてから気付いたんですけど、なんとこのふたりの俳優はどちらも双子の父親なんです。私は冗談でふたりに言ったんです、こんな偶然って10億分の1ではないかってね」
——この映画の中では、東洋と西洋、科学捜査と迷信、近代都市のイメージと伝統的な側面など相反するものが描かれているのも面白いですね。お守りが出てきたりもしますし。
「そうですね。映画では意識的にやってますけれど、実際台湾の人たちは皆、自動車にお守りをぶら下げています。私の自動車にはないですけど。ですから、現実を反映しているんです。警察も死体が見つからないときに、死体のありかを占ったりするんです。科学捜査だけでどうにもならないときに、迷信に頼ることは現実なんです。この映画の中で、台湾警察が『こんなことができる犯人は人間以外に違いない』みたいなことを言いますけど、あれは台湾の人がみたら本当に説得力のあるセリフだと思うんですよ」
——西洋の人にはどういう反応を期待されますか?
「今後、ヨーロッパ・アメリカでも公開されていくと思いますが、カンヌ映画祭では(2002年の「ある視点」部門で)上映されています。あのときもほとんどの記者が道教に関する質問をしてきました。彼らには、どうして不老不死が仙人に繋がるのかがわからないのですね。中国では、不老不死は人間を超越してもっと高等な存在に昇華するということで、中国人には当たり前のことです。ただ不老不死で生きていたって煩悩があったらしょうがないじゃないですか。だから、解脱を求める。そういうことがどうしても欧米の人にはわかってもらえないので、それを随分説明させられましたね」






——キャスティングについてですが、主役を演じたレオン・カーファイは香港の俳優ですね。映画の内容はひじょうに台湾的なのに、なぜですか?
「本当は主役も台湾の役者を使いたかったのですが、英語を流暢に話せる俳優が今、台湾にほとんどいないんです。それで、こうなりました」
——監督の今までの俳優起用法から考え合わせると、今回の俳優陣の起用は驚きをもって迎えられるのではないかなと思いますが?
「今までの私の映画は芸術映画でしたので、新人を使うことが多く、新人だからこそ粘土を捏ねるように、自分の思うように造形することができたと思います。ですが、この映画では、役者は観客に意外性を与える必要があると思うんですね。ですから、プロフェッショナルな役者を使っています。ひじょうに小さい役までもプロの役者です。正確に観客の期待を裏切る演技を要求したかったので」
——デビッド・モースを選ばれた理由は?
「まず、アメリカ人が絶対必要だったわけです。いちばん最初に思い当たったのが彼なんです。彼は、悪役を演じても見た目は悪く見えないんですよね。でも、結局悪いヤツだったりする。私は、今回、すごく豊富な表現をする役者を使いたかった。それで、彼がふさわしいのではないかと思ったのです。彼の演技でいちばん印象深かったのは『グリーンマイル』ですね。トム・ハンクスと共演して観客に大きな印象を残すのは難しいですよ」
——レオン・カーファイの妻を演じたレネ・リュウは、この作品の演技で今春の香港アカデミー賞で助演女優賞を受賞しました。彼女はデビュー作(1994年「我的美麗與哀愁」日本未公開)も監督の作品でしたが、彼女の成長振りはいかがでしょうか?
「彼女は天才的な女優だと思います。私が最初に彼女と仕事をしたときには、演技の勉強もしたことがない素人の女の子でした。今日に至るまでの間にとても進歩があったと思いますけれども、今後、彼女がさらに進歩するとしたら、1回演技を忘れるということが必要になるでしょう」





——この映画にはアメリカの資本が入っていますが、そのことによって可能になったこともあるのではないかと思います。そのへんはいかがでしたか?
「今までは資本がないがゆえにいろいろ制限があったわけですね。こうしたいと思っても、お金がかかるから別の方法で何とかしようとか。今までは、少ない演技でたくさんのことを表現しようとするのと同じで、なるべくミニマムな形でいろいろなことを考えざるを得なかったわけですが、これが逆で、たとえばここで火災を起こしたいと思えばそれもできるし、50人の警官が出てくると考えれば50人出せるのですよね。お金があるないの差は、想像するときの空間が広く持てるということでしたね。実際に制作するよりも想像するときの差があったと思います」
——いま、アジアのホラー映画は、ハリウッドでリメイクされるなど世界的に高い注目を浴びていると思いますが、その点に関して監督はどう思われますか?
「3,4年前、『シックスセンス』のころから、私はたぶんこういうジャンルの映画がアジアだけではなく世界中の潮流になるのではないかと思っていました。世紀末的な気分とも相まって出てくると考えたのです。これだけ科学や経済・社会が発展しても、まだ人間には解決できない問題がいっぱいあるじゃないですか。そういうときに人が必要とするスピリットがこうしたジャンルの映画ではないでしょうか」

執筆者

みくに杏子

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