「あの頭はね、絶対イヤだって言ったの。ハゲの気になる年頃なんだから・・・」。
今やライブシーンで引っ張りだこ、沖縄民謡界の気さくな父ちゃんといえば照屋政雄さんが思い浮かぶのではないか。そんな照屋さんが映画に初出演。中江裕司監督「ホテル・ハイビスカス」でビリヤードと三線が得意なパイナップルヘアの父ちゃんを好演した。好演・・・というと本人からそれは違うと言われるかもしれない。「演技なんかしてない。いつもの私とそのまんま同じ」なんだと。ビリヤードを猛特訓し、髪を剃り落とし、台詞はアドリブ連呼で監督すら「何言ってるのか、わかんなかったみたい」な撮影現場。自身がスクリーンに大写しになるのは「恥ずかしくて見たくなかった。不恰好すぎて」と言うのだが、ファンならずとも忘れがたい存在感がそこにある。「ステージも遊び、映画も遊び、中江(監督)が好きだから彼の言う通りやっただけ」。

※「ホテル・ハイビスカス」は6月14日シネマライズほか全国ロードショー!!






——本作が映画初出演となったわけですが。
中江監督の「ナビィの恋」の封切りの日にね、舞台袖で僕も待機してたのね。というのも、あの映画に出てた登川誠仁師匠の体調が良くなかったからね。病院に直行なんてことになった時の代理としてね。そんな心配は全く無用でピンピンしてたんだけど(笑)。
 で、その日にオフィスシロウズの社長さんから「ああ、監督この人がいいですよ、次」って言われたんです。高級な握りで接待されたんですけど、中江監督も「次は映画一緒に作りましょう」って。でも、そういうのって一応、その場ではそういうもんじゃないですか。だからね、そんなに真剣には受け止めていなかったの。

——役作りはしたんですか?
俳優さんはね、いろんな映画に出て役作りで苦労したりするんだろうけど、僕は違う。だって、あのまんまなんだもの。いつも寝てるし、しゃべり方もそのまんま。唯一ビリヤードだけはやったことなかったんだけど。

——ということは・・・猛特訓?
うん。監督に「やったことありますか」って聞かれた時は「はい」って答えたんです。やったことないったら役もらえなくなるんじゃないかって思ったの。その時はウソついたのね。
で、撮影前に急遽叩き込まれた。毎晩2、3時間。フォームから何から教えてもらって、すっかりビリヤード好きになっちゃった。今もよくやるよ。5年のキャリア持つ知り合いと勝負してもね、勝っちゃう(笑い)。

 ——特訓といってもそのまま趣味になっちゃったんですね。逆に撮影中、これだけはイヤだなと思ったことってあります?
 ハゲにされるのはすごくやだったね。それでなくともハゲが気になる年頃なのに。絶対やだって最初は言ってたの。
でも、あの頭はね、なんだか皆に気に入られたんだよ。だんだん自分でも嫌いじゃなくなってった。でも、あれキープするには金と暇がかかってね。撮影中は、メイクさんがやってくれたから苦にならないけど私生活だと厳しいね。

——劇中、アドリブのシーンってありましたか?
ほとんどアドリブじゃないか。脚本もらった時は漫画読むみたいに一度読んだだけ。こういうこと言ってるんだなってだけを覚えておいて、あとは自分流にしゃべったの。だから、監督も何言ってるか、知らないみたいよ。沖縄に何十年も住んでる人だから大体はわかるけど全部ってわけじゃない。だから、編集の時、みんな困ってたみたい。「ナンジュウナンコマ目のナントカのシーン、照屋さん、なんて言ってますか」って電話あったり。
言葉っていうのは感情がこもるでしょ。でも、ヤマトグチで話するとあまり感情入れられない。英語で話すのと同じ、えっと、これはヤマトグチでなんていうのかなって考えながら話してるの。

——今もそういう風に考えながら話してるんですか。
そういうことです。だから大分、上手になったんだなと納得してるんです。前は標準語使ってるつもりでも相手に「あ?」って聞き返されてたから。






——中江監督はどんな方でしたか?
監督にも言ったんだけど二重人格みたい。普段はのほほんとして優しい感じなのよ。ところが、カメラの下に入っちゃうと瞬きひとつしない、厳しい顔になる。怖いの。でも、私は叱られたこともなかったの。余さんとかもね、プロの役者なのにたくさん注意されてて、でも、私は注意されないもんだから、「ああ、私うまいのかな」なんてね、思ったけど(笑)。沖縄は目上の人に対する礼儀がすごくしっかりしてる場所だから、良く考えたら年上だったからなんだろうけどね。

——大変だった場面は?
穂波さん(照屋さんの娘役)のね、耳を引っ張るシーンがあるでしょ。友達と喧嘩した後に叱りつけてね。
そこがね、最初軽く耳を引っ張ったら、穂波さんがね、監督に怒られたの。「もっと痛そうな顔をしろ」って。で、監督が彼女の耳をちぎれんばかりに引っ張って、「そう、これくらい痛いんだぞ」って言われた。それ、私のせいだと思った。私が一回でね、ちゃんと引っ張れば穂波さん、監督にあんなことされずに済んだのになって。私のせいだと思ったの。それで、次の時は同情しないで思い切り引っ張ったんだけど。

——劇中で三線(さんしん)を弾きますが、楽曲を選んだのは照屋さんですか?
ううん、監督が選びました。監督は事前にいろいろと調べてこの人はなんでもできると思ってくれたんでしょう。それはほんとに怖いよな。できないものを弾いてくれって言われるかもしれないんだから。
でも、私がいつも人に教える時に言うんだけど自分が好きなものをできるのは当たり前なんだと。自分がわからないものも、できないものもやる人じゃないとプロになれない。だから、私もステージでね、いろんなわけのわからないグループとセッションする。インドネシアとかアジアの音楽とか。でも、やっぱり楽しいよ。

——東京のライブシーンで引っ張りだこになってしまっただけはあります。最後にファンの皆さんにメッセージを。
カネに縛られず、時間に縛られず、私の元気をもらってシアワセになってください。特に大和人は頑張り屋だから仕事熱中してやってるけど、お利口さんにならんがためにやってる人も多いと思う。でも、仕事というのはイヤイヤながらするもんじゃないの。イヤイヤながら、人によく見られようとか思ってやるくらいならやめたほうがいい。その仕事を好きになって頑張るんだったら健康を害しないけど、イヤイヤながら頑張ると健康を害するからね。精神的にも。だから、なんでも好きになることね。

執筆者

寺島万里子

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