フランスでは息の長い公開の末、アニメーションの歴代興行記録を塗り替える大ヒットとなった『キリクと魔女』。ルネ・ラルーの『ガンダーラ』や日本の墨絵を連想させる優しくも力強いタッチで描かれたアフリカの大地を舞台に、生まれたばかりの少年キリクが、純粋な好奇心と行動力で、村人を困らせる魔女に対処するための冒険を描いた作品だ。
 3月18日、本作の完成披露試写会がヤマハホールで開催され、この日初めて日本語版を鑑賞されたミッシェル・オスロ監督、日本語版の翻訳・演出を担当された高畑勲監督、吹替えを担当された浅野温子、神木隆之介がゲストとして登壇し、作品同様和やかなムードの中で舞台挨拶が行われた。

$navy ☆『キリクと魔女』は、2003年夏休み、恵比寿ガーデンシネマにてロードショー公開!$







日本の墨絵等も学んだことがあるというミシェル・オスロ監督。そんな御自身が興味を持つ芸術分野やアニメーションの国でのお披露目公開に、表情も晴れやかだ。

ミッシェル・オスロ監督——コンニチハ。今日初めて日本語吹替え版を見ましたが、フランス語版よりも素晴らしくなったように感じました。日本のアニメは、フランスのアニメーターを育ててくれました。そんなアニメの祖国とでも言うような日本で、私の作品が公開されて嬉しいです。吹替えをしてくださったお二人、そして高畑監督に深く感謝します。完璧ともいえる吹替え版で、台詞の長さも元の長さとぴったりあっていて、素晴らしい出来です。勿論、高畑監督のこれまでの作品は拝見して素晴らしいと思っていましたので、予想していたとおりですけど。
この作品は最初、大手の配給会社は興味を持ってくれず、限られた公開となりましたが、お金のかからない皆さんの口コミで成功を収めることができたのです。そして世界中の国で公開され、こうしてついに日本でも公開されることになったのです。長年の夢が叶って、大きな喜びに感じています。

なお、オスロ監督ご本人は幼少時代、アフリカのギニアに住んでいたそうで、その時の記憶が作品に大きなインスピレーションを与えている。

オスロ監督——6歳から12歳までをアフリカで過ごしました。最初の時点で、かなり明確なアフリカのイメージを与えてくれたのは、その頃の経験です。アフリカの人達は、どこにいても自分の祖国と言うのを見分けられるものなので、白人の人たちがアフリカについての物語を作ったとしても、信じないものなんです。冒頭で、母親がお腹の子供に話しかけ、自然に子供が生まれてきますが、そういったお産はアフリカではとても自然に受け止められていますので、最初に持ってきただけです。私は西洋世界では受け入れがたいことが、アフリカでは自然に受け入れられていることに感動し、それを人々に示したいと願いました。この作品のベースにはアフリカの昔話がありますが、キリクの自問から先は、私が考え出した物語なんです。昔話には何故という問が発せられないので、それは私が考えたものです。

今回、日本語版の翻訳・演出を担当した高畑勲監督が、本作及びオスロ監督を知ったのは、昨年自主企画として開催されたオスロ監督の特集上映の企画として、トークの相手役としての依頼からだとか。

高畑勲(日本語翻訳・演出)——私がこの作品を観たのは去年の3月ですが、フランスで公開されたのは98年。大分時間が経っていますが、どうしてこういう作品が日本で封切られないのかと強く思いました。それがようやくこの日を迎え、ひじょうに喜んでいます。
この映画の宣伝文句には、何故どうしてというのが謳ってありますが、日本のアニメーション映画では、まず語られないこと・欠けている部分が描かれていて、本当に感心したんです。

高畑監督の翻訳は、今回が2本目。本作では、台詞に倒置法を多様するなどの様式が新鮮だ。

高畑——翻訳は、フランス語がちゃんと出来るわけではないので、辞書を引き引きやったのですが非常に緊張し、また自分も作り手ですから監督を裏切らないようにしなければというプレッシャーが強くて…。しかしやった結果は、声優の皆さんもよくやってくださいまして、それなりに作者の意図を活かしたものが出来たのではないかなと思っています。
倒置法を用いたのに気づかれた方も多いかと思いますが、詩とか会話では後から付け加えるということは日本語でもやるので、それが可能なのではと思ったんです。また冒頭の、「母さん、僕を生んで」といった、普通ではない、完結だけど力強い台詞で表現したいと思いました。







そんな高畑監督から、低いトーンがカラバ役にピッタリと絶賛されたのが女優の浅野温子。この日は、ファッションや髪型もキリクを思わせる出で立ちで舞台に登場だ。

浅野温子(カラバ役)——高畑監督からは、テストの時の方がよかったと言われたんですよ。カラバの威厳を出そうと本番になったら力んじゃって、画面をみたら途端にコントロールがつかなくなっちゃって。監督からは、カラバの威厳を出す為には力まず抜かずの中庸がいいと言われ、それでも画面を見るとつい…。普段自分の声のアフレコはそれほど動揺しないのですが、映るのは自分じゃなくてカラバさんなんで。
演じるに当たっては、高畑監督から魔女・カラバの、女性としての悲しみだとか憎しみだとかを大事にしてくれればいいよと言って、リラックスさせてくれたのでよかったです。

実際出来上がった作品では、悲しみを隠した威厳はとても初めとは思えない。そんな彼女が、劇中一番印象に残った台詞とは?

浅野——「男は結婚前には皆こういうんだ」って言うのがすごく好きで、本当はこれをキャッチ・コピーにしていただきたかったくらい。男性のオスロ監督と訳した高畑監督は、どういう気持ちで作って、訳されたか気になって(笑)。

鋭い問いかけに、場内はどっと沸いたが。高畑監督もオスロ監督も、共感を口にする。

オスロ監督——全体のコンセプトは、男がいかに物事を判っていなくて拙い行動をしているのかに貫かれている。女性に対して理解が無いと言う事は、作品の基調としてあります。賢者がキリクに、男たちがカラバにどんなに拙いことをしたのかを話す場面などにも、通じていると思います。そして最後にキリクが大人になる所では、雄々しく寛容な心を持った男になって欲しいという思いをこめました。

「自分が小さくともお兄さんのつもりでやってくれ」。そんな高畑監督の言葉に応え、キリク役を演じたのは、『千と千尋の神隠し』の“坊”役をつとめた神木隆之介。彼もアフリカにいたことがあるそうで、イボイノシシの場面等ではその頃を思い出したとか。

神木隆之介(キリク役)——キリクは思いやりがあって勇気があって、そんな子です。そんな子をやらせていただけるなんて、もう幸せです。キリクの色々と挑戦したり、色んな事に興味を持つところは、僕も似ていると思います。自分が出来ないことを、一生懸命やってできるようになるのが楽しいんです。台詞は沢山在りましたが、大変よりも楽しかったです。

和気藹々とした中で行われた舞台挨拶は、オスロ監督のメッセージでしめられた。

オスロ監督——兎に角私は、精一杯に自分の正直さと力とをこめて、この映画を作りました。高畑監督も出せる限りの力で素晴らしい日本語版を作ってくださりましたので、宜しくお願いします。

執筆者

宮田晴夫

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