イノセントなひとりの少女を変えたのは、ふたりの少年と彼らが少女に読み聞かせたバルザックの小説だった。文化大革命の時代、下放政策によって山奥の村に送り込まれた少年たちは、自分たちが人の人生を左右することになるなどと考えただろうか。彼らは、ただ、お針子を愛し、それなりに青春を謳歌しながら生きていただけ。
 ダイ・シージエ監督がフランス語で書いた本作の原作小説は、2000年にフランスで出版され、ベストセラーとなった。中国では出版されていないが、30ヶ国語に翻訳され、多くの人々を感動させている。
 映画化にあたり主役のお針子を演じたのは、中国の4大若手人気女優のひとりであり、ずば抜けた演技力で玄人筋からも評価の高いジョウ・シュンだ。本作は、フォトジェニックでコケティッシュな彼女の魅力が光る映画でもある。
 インタビュールームの彼女は、実は役柄より10歳ちょっと年上の28歳。本作の後、別の映画のためにダイエットしたそうで、ふっくらとしたお針子とは違いシャープで知的で、だが、当代きっての人気女優にもかかわらず実に普通の人といった感じ。
「映画のなかにあるものを自分のものとして感じて頂きたい」と語りながら、日本でも人気上昇中のリィウ・イエとチェン・コンというふたりの新進男優と過ごした撮影現場の話などを語ってくれた。

$blue ●『中国の小さなお針子』は、1月25日よりBunkamuraル・シネマにてロードショー$




——この映画の原作は、多くの国で出版されているにも関わらず、まだ中国で出版されていませんね。
「ええ。だから、私は原作小説を読んだことがなくて、最初に読んだのはもちろんシナリオです。そのシナリオが私の心をつかみ、それで出演依頼を受けることにしました」
——どういうところに惹かれたのですか?
「結末がとても希望に満ちていたと思いますし、何十年か経ってふたりの男性が彼女を思い出す場面も、まさに人生とはそのとおりだなと思わせるものでした」
——時代的には文革のころですよね。そのころは、ジョウ・シュンさんは生まれて……?
「生まれたばかりですね」
——当然、その時代のことは体験されていないわけですけど、何かリサーチされましたか?
「文化大革命は時代背景ですが、話の中心ではなく、人を描いているところが重要なところだと思うんです。それに、彼女たちが住んでいたような農村では文革の影響は大きく現れなかったと思います。ですから、私は、彼女と私の似通っている部分、つまり外の世界に憧れているところを表現しようと思いました」
——あなたの映画は他に『ふたりの人魚』なども見ていますが、このお針子のキャラクターはひじょうにあなたらしいキャラクターではないかと思います。
「私は、自分の知らない未知の物に対して、それはどういうことなのだろうかと知りたがるところがあるのです。頭の中にふっと浮かんだものを追究するんです。お針子も、あの後でどうなったかはあまり重要なことじゃなくて、あの後、いろいろなことを体験するでしょうけれど、その過程がすごく大事だと思います」






——あなたの演じるお針子をめぐって、ふたりの青年がそれぞれに違った形で愛情を持って接するわけですが、このふたりの青年についてはどのように感じますか?
「マーのほうは、どちらかというと人に対して寛容で、わりと大人びていますね。ルオというのは、ぱっと思ったらすぐ行動をとる。ルオのそんなところがお針子と似ていたから、お針子は彼を選んで、それは彼女が若かったからだと思うのだけど、もうちょっと年をとってからふたりと出会っていれば、マーのほうを選んだのではないでしょうか。マーの愛し方は、自分とどうこうではなくてお針子が楽しければいいという、そういう愛し方ですね。マーにとっては、ルオとの友情が大切なので、そうすることで身を引いたのだと思います」
——ちなみに、あなたご自身の好みだとどちらでしょうか?
「(笑)やっぱり年齢的にお針子よりも上なので、マーのほうです」
——年齢といえば、あなたをはじめメインの3人は比較的年齢が近いと思うのですけど、キャリア的にはあなたがいちばん上になりますよね?
「そうですね。キャリアでは、ずっと上ですね(笑)」
——撮影中のエピソードなどを伺えますか?
「チュン・コン(ルオ役)は、私とわりと似通ってて、すぐケンカになってしまうんですよ。実は同じことを言ってるんですけど、違う方向から言っているので、割と意見がぽーんとぶつかってしまったりしました。(マー役の)リィウ・イエのほうは『君が正しい、君が正しい』と言うんですね。役柄に似ていましたね。彼らふたりが子供っぽいので、私が『はいはいはい』と言う、そういうこともありました。お姉さんとかお母さんの気分でした(笑)。彼らはやはり経験が少ないので、傷つきやすかったり、ちょっとメランコリーになるところがあって、私はもうそういう時期は通り過ぎて来たので、慰める側にまわったんですよ。女っていうのは、同じ年齢だったら上になりますよね」
——では、NGを出してふたりが落ち込んでいるところに励ましたりしたんですか?
「それはないです。撮影本番のときは、私たちは独立していました」
——ひじょうに素晴らしいロケーションでしたが、山道など現場ではたいへんだったのではないかと思います。そういったことでの苦労はいかがでしたか?
「そうですね。やはり私たちは大都会で慣れてしまっているので、ああいう所で生活すると確かに美しい景観なのだけど、虫とか美しさを満喫することを邪魔するものはどうしもありますよね。毎日、撮影現場に行くのに山道を行きましたが、ちゃんとした道ではないので、現地の人には慣れた道でも私たちには歩きにくい山道でした」
——衣装は現場についてから着替えるのですか?
「朝早く現場に向かうときは、お化粧して行ったこともありますけど、お昼過ぎから撮影というときは着いてからということもありました。何と言っても現場で不便なのはトイレの問題です。そのほか、現場での生活はふだんの生活と同じところもあって、たとえば、私の出番が終わって男の人たちだけの芝居を撮っているとき、そのへんで採りたての野菜を売っているのでそれを買ってきて、彼らが終わったときにすぐに食べるようにご飯を作ったりとか、ひじょうに日常的な生活をしていました」






——先ほど、私は、この部屋に入って来たとき、あなたがあまりに普通に立ってらしたので、一瞬、わかりませんでした。あなたは「他の作品のためにダイエットしたからでしょう」と言われたけれど、中国ではたいへんに人気があってお忙しい方だと聞いていたので、もっとこうスター然としたきらびやかな感じでいらしゃるのだろうと思っていて、それで意表を衝かれたところもあるんです。今の人気の秘密というか、あなたのどのへんがウケているのだと思いますか?
「やっぱり女優という自分のポジションを決めてしまうといけないと思うんです。そうなってしまうと、一般の人がどんな生活をして何を感じるかということがわからなくなってしまう。そういうことがわかって初めて役柄を演じることができると思います。たとえば、こうやってお話をしていることも相手の人間を理解することに繋がるでしょうし、私はやはり自分の人生や生活を普通にしていて、そして、そこで感じたことがあってこそ初めて豊かな表現に繋がるのだと思います。今までいろいろな役を演じていたことが私に教えてくれたことはあるのですが、なんでもない普通の生活が実はいちばん重要なのだと思います」
——いろいろ出演依頼があるなかで、出演作を決める決め手になるのは何でしょうか?
「まず、脚本が気に入るかどうかがありますよね。それと、映画は集合体で作るものですから、一緒に仕事をする人とうまくやっていけるかどうか、彼らを理解できるかどうかが大事なので、監督さんや共演の役者さんと話をしてこれならできると確信したときに受けます」
——一緒にお仕事をしてみたい監督さんや役者さんはいますか?
「それは縁ですね」
——今撮影中のものとか、今後のご予定は?
「いま、歌をレコーディング中です」
——ということは、女優のお仕事はしばらくお休みなのですか? ダイエットが必要な映画というのは?
「この映画の後で『戀愛中的寶貝(原題)』(リー・シャオホン監督)という映画を撮って、そのためにダイエットしましたし、髪も切りました。今後は、またこの『中国の小さなお針子』のダイ・シージエ監督でベトナムのほうで撮る予定があります」

執筆者

みくに杏子

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