アジアの極東の国・日本と西の国・イランの合作映画『風の絨毯』が、去る10月29日、第15回東京国際映画祭の特別招待作品として上映され、それにあわせて記者会見が開かれた。
 当日は、イランから「公開の日が楽しみだ」というカマル・タブリーズィ監督と「昔から日本の映画にあこがれていて、いつか日本の役者と一緒に映画をと思っていた、その願いがかなった」と語るイランの実力派俳優レザ・キアニアンが来日。主演の榎木孝明と柳生美結(子役)は、1ヶ月以上ものイラン・ロケを経験しており、イランのふたりとは久々の再会。「イランでの日々は、夢を見ているみたいな心地よい日々。レザ・キアニアンとタブリーズィ監督と出会えたことがいちばん大きな収穫」と語る榎木からは、本作がきっかけになり、キアニアンの間でふたり芝居の企画も持ちあがっているという、実に友好的なエピソードも披露された。
 映画の内容は、飛騨高山の祭屋台の幕に使うペルシャ絨毯を、榎木と柳生が演じる父娘がイランで手に入れるというものだが、この絨毯は、死んだ妻のデザインという設定。だいじな家族を失った悲しみを父娘いかにして乗り越えていくかが、その形見とも言える絨毯の織り上がる工程とともに、家族愛に満ちたイランの人々との交流の中で描かれていく。娘のさくらには、イランの少年との可愛らしい恋も。
 本作で、ヒロンの母親役を演じる工藤夕貴は、アソシエイト・プロデューサーも務めており、この日の上映に合わせてアメリカから帰国。この日は、映画祭の企画のひとつ“ニッポン・シネマ・フォーラム”のトークショーもあり、記者会見には途中からの参加となったが、「白紙だったものが映像に変わっていくのを、こんなに近くで経験することができて、こうして皆さんに集まっていただけて、夢のような気分。少しでも多くの人たちに、人間のもっているいちばんベーシックな心の温かさとか、言葉を超えた人間と人間の心の繋がりとか、そういったものを届けられたらと本当に心から思っています」と、初めてスタッフとして映画製作に関わったことに対する感慨を語った。
 記者会見に続く上映での舞台挨拶は、監督と工藤、榎木、柳生、キアニアンに加え、三國連太郎も参加して行われた。
 記者会見での質疑応答は、次ページ以降に。

●『風の絨毯』は、ソニー・ピクチャーズエンタテイメント配給で2003年上半期一般公開予定。







——監督に伺います。今回、とても自然な演技で、榎木さんの新しい魅力を拝見した気がするのですが、どのように演技を引き出すのですか?
監督 キアニアンが演技指導として活躍していますので、彼に答えてもらいましょう。
キアニアン すべてを現実に基づいて撮ろうとしている監督の意図を汲み取り、我々役者もなるべくなら自然に、なるべくならドキュメンタリー映画のような演技をしようと思いました。ドキュメンタリーではないのですが、ドキュメンタリーのような演技で、しかも映画的であるという監督の意向をうまく汲み取れたのではないかと思います。榎木さんについて、いま、そちらの方は新しい魅力を見たとおっしゃったのですが、榎木さんにはもともとそういう力がありますので、ほかの監督は今までそういう演技を求めてなかったのではないでしょうか?
——男優さん同士共演しての感想をお願いします。
榎木 レザ・キアニアンは、今年のイランの主演男優賞を受賞した方です。ちょうど私たちがイランで撮影をやっているときでした。イランの演劇事情はあまり知らなかったんですけど、日本以上に盛んなお国柄で、そのなかで彼が受賞したのがとても嬉しくて出演者・スタッフ一同でお祝いしました。そんな素敵な人で、顔の第一印象がロバート・デ・ニーロとアル・パチーノを足したような感じ。似ているというと申し訳ないのだけれど、ぱっと見た印象がそうでした。会ってみて話をしてみて、演技のことも含めて素晴らしい人だと思います。まだちょっと気が早いんですけど、彼と二人芝居をやろうと話しています。日本語とペルシャ語で、両国での上演を考えています。
キアニアン 私は、榎木さんのことをエノキアンと読んでいます。初対面でもずっと友達だった人がまた訪ねてきてくれた感じがしました。本当に彼のことが好きですね。映画の撮影のときはスピーディにやらなければならなかったので、ゆっくり交流することがなかったのですけど、撮影が終わって彼が帰った後、自分の古い友達が行ってしまった感じがしました。これからふたり芝居をやろうと言うくらい、私たちの関係は良好です。






——イランと日本との合作ということでいろいろ苦労話があったと思いますが、(柳生)美結ちゃんと榎木さんに、いちばん印象に残ったこと、食べ物とか、日本の人にイランのどんなところを紹介したいかということをお話いただければと思います。
榎木 日本語のセリフは私が作るわけで、明日しゃべることをその前の夜に考えるという経験は新鮮でしたね。台本という台本がないわけですから——日本の場合は、照明さんも音響さんもそれぞれ台本を頭の中に入れて現場に来るわけですから、台本がないという状況では現場で時間がかかるなと思っていたら、それは単に私が日本的な常識で考えすぎていただけで、イランのスタッフはそれは見事にあっという間に現場を作ってしまう。私は今まで経験したことがなかったけれど、だからこそ皆一体感がある。これは役者としてはすごい経験ですね。そういう新鮮さを日々感じてました。
 子役でファルボー(・アフマジュー)君っていう美結ちゃんを好きになる役の男の子がいるんですけど、見事に自然体で、僕らと遊んでいてそのまんまの延長ですーっと役に入っていくスゴイ子でした。美結ちゃんは、少ないときは私と彼女と彼女のお母さんと3人だけ日本人ということがあって、たいへんでした。
美結 御飯がタイ米であまり美味しくなかった。日本からサトウのごはんとかを持って行って、朝とか夜とかお肉をおかずにして食べてました。
榎木 あと何回泣きましたか?
美結 ……ホームシックで、すごいいっぱい泣きました。
榎木 そんな美結ちゃんを、タビリーズィ監督はリードの仕方がお見事でした。なんでもない日常の姿を映画的に撮るのに長けているスタッフです。






——絨毯を織るシーンがすごく美しくて印象に残ったのですが、あれは映画を撮っている間にリアルタイムで織っていかれたのでしょうか?
監督 絨毯を織るにはとても長い時間がかかるので、最初はふたつ用意して、ひとつは前もって織って、もうひとつは半分織っておいて、最初に織っておいた絨毯を最後のシーンで使いました。
益田祐美子プロデューサー 実際のペルシャ絨毯はひじょうに高くて、1枚1000万円くらいするんです。途中まで編んだものから完成品まで段階的に何枚か絨毯を欲しい言われて、単純に計算したら3000万円くらいかかるんです。そうすると予算もすごくなってしまいまして、役者さんの出演料も削らなければならなくなるので悩んだんですけど、監督さんがどうしても本物の絨毯を使いたいとこだわるので、そこはイランのバサールの人に協力してもらいました。最後のものは、公開のときに完成しますので、是非完成した絨毯をご覧頂きたいと思います。
——榎木さんにお聞きしたいのですが、絨毯が織られていくシーンを目の当たりして、何か御自身の画家としての意識を刺激するものはありましたか?
榎木 彼らは織るスピードがとても速く、しかもデッサンを読みながら織っていくんです。あの緻密さ、技術的には驚き尊敬しました。デザインは、僕がやったらもっともっと日本的なものになると思います。







——高山市内での撮影がありましたが、高山祭の再現で苦労した点は?
益田 監督がクレーンを使って撮りたいと言われまして、クレーンの予算を私はとっておりませんで、実際に聞きましたら1カット500万以上するので、そこがまず苦労しました。で、撮り始めたわけですが、実際の山車で金も彫り物も本物を使っているものですから、雨にひじょうに弱いんですね。撮影の最終段階になって、雨がパラパラって降ってきたんですよ。それですぐに山車を引っ張って濡れない所に入れたんですけど、山車の上の部分の金が落ちてしまって300万円くらいの損害を受けました。それがいちばんの苦労ですが、ひじょうにいい絵が撮れたと思います。
 この映画はまったくゼロからのスタートで、原作もなければ、ゼロの台地から作り上げてきました。そのストーリーを1冊の本にまとめて出版することになりましたので、皆さん読んでください。今、仮のタイトルは「右手にロマン、左手にソロバン」というタイトルでいこうと思います。
——監督に、初めて日本で撮影されての感想を。
監督 監督の自分と撮影監督のふたりだけがイランから行って、日本のスタッフと仕事するということになり不安があったのですが、日本のスタッフはひとりひとり責任感が強く、自分をサポートしてくれて安心しました。多少の問題はあったかもしれませんが、今、思い返してみると、いい思い出と強くサポートされたことしか残っていません。
——工藤さんにお聞きします。アソシエイトプロデューサーとして関わったことはいかがでしたか?
工藤 ひとつの作品を作るには、時間といろいろな人たちの協力がすごく必要なんだなということを実感しました。何度も、これは諦めたほうがいいんじゃないかと思ったことがありましたので、でも、こうやって素晴らしい役者さんたちに囲まれて……。榎木さんとか、三國連太郎さんの出演も夢のようだったんですけど、直接お電話でお話して、本当に快く引き受けてくださった。まだ先がどうなるかわからない状態だったのに、私たちの作品を信じてくれたたくさんの人たちに本当にお礼が言いたいですね。私は、本当に、今までは皆さんがお膳立てをしてくれたところに行って演技をすることしか知らなかったので、そういう点ではすごくたくさん勉強になりました。
 去年の9月11日からいろいろな意味で世界中の情勢がすごく変わって、平和なのが当たり前の世界から平和であることがどんなに大事な事かというのをもう1度見つめなおさなきゃいけない世界になっていると思います。そういう意味で、この映画は、日本とイランという人間同士どこかで繋がりながらもまったく異文化を持っている、そのふたつの国がこうやって大きな友情を育んでいくことができるという証明になっていると思います。その点が嬉しいです。

執筆者

みくに杏子

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