生のエネルギーを持て余す二人の少年と、一人秘密を抱えた美しい年上の女性。3人は伝説の海岸“天国の口”にを求めて車を走らせる。3人それぞれにとっての、特別な旅を描いたロード・ムービー『天国の口、終わりの楽園。』。本国メキシコでは2001年の年間興行収入第1位を記録したほか、アメリカでも1館あたりのスクリーン・アヴェレージで高い数字を記録し、また主演コンビがヴェネチア映画祭で新人賞をW受賞したのをはじめ、多くの賞に輝くなど各国で熱狂的な支持を受けている。
 8月からのロードショー公開を前にした6月末、主人公の二人の少年の一人フリオに扮したガエル・ガルシア・ベルナルさんとアルフォンソ・キュアロン監督が来日し、パークハイアット東京にて記者会見が開催された。今回が初来日という二人だが、若いガエルさんのみならずアルフォンソ監督も、おりしも開催中だったワールドカップ・メキシコ優勝の話やその場で覚えた日本語“アホ”を連発するなど、会見中隙あらば冗談を飛ばしあい、子供のようにはしゃいでいる姿は、瑞々しい本作に相応しくまた大らかなラテンのノリか。あたかもトークショーのようなノリだった会見を紹介しよう。

$navy ☆『天国の口、終わりの楽園。』は、2002年8月より恵比寿ガーデンシネマほか全国順次ロードショー公開!$

#Q.ご挨拶をお願いします。
アルフォンソ・キュアロン監督——コンニチハ、来てくださってありがとう。日本で上映されることをとても嬉しく思っている。この作品は世界中で受け入れられたが、ヒューマニティや感情の旅というものが、人間に共通しているものだからだろう。世界の様々な国で上映されたが、どの国の人もまるで自分達が10代だった頃のようだと言ってくれている。
ガエル・ガルシア・ベルナルさん——PRツアーは日本が最後です。様々な国に行きましたが、メキシコの限られた地域についてのこんなに小さな作品が、日本にまで来れるのは素晴らしいことだと思います。共演のディエゴ(・ルナ)は来れなくて残念に思います。あいつは、アホタレだから来てないんですが(笑)、今ケビン・コスナーと映画を作っています。

Q.主役に二人を起用したポイントはなんでしょう。
アルフォンソ監督——この映画の核心となるのは俳優達だと思うし、誰が演るかはとても大切なことだったんだ。けど、予算は全部マリベル(・ベルドゥ)で使っちゃたんでこのアホになったんだよ(笑)。予算の範囲内で出来るだけいい役者を選んだつもりなんだけど、この二人が小さな頃から付き合っている友人だということがよかったね。二人の間の感情的な経験が、登場人物にも現れていると思うし、二人の間にある種のテレパシーがあることは、映画の中でも見てとれる。先に選んだのはガエルで、彼に本当にキスしたい相手は誰か訊ねたところ、ディエゴだと言うんで決めたんだ(笑)。
ガエルさん——大嘘ですよ(笑)。オチは信じないで下さいね。

Q.この映画の後、主役のお二人の友人関係に何か変化はありましたか?
アルフォンソ監督——やはり、想像できますか?(笑)
ガエルさん——だから、ここにいないんですよ(爆笑)。何を言うのか判らなくなっちゃった…そう、前よりいい友人になったと言おうと思ったんだ。さらに親密になったし、これからも一緒に仕事を続けて行きたいと思います。で、サッカーに関しては、以前にも増して競い合ってますよ。

Q.楽しい部分もありますが、色々なものを抱えていますよね。
アルフォンソ監督——この映画は究極的にはアイデンティティの映画なんだ。自分のアイデンティティの模索は一生かかるものだけど、十代の頃が一番辛く激しいものだと思うんだ。この映画には3つの旅が描かれている。一つは二人の10代の少年が大人になっていく旅、また一人の女性が精神的に解放されていく旅、そしてメキシコという10代の少年のような国が、アイデンティティを確立していく様子を描いた旅なんだ。

#Q.メキシコのアイデンティティということにふれられましたが、バックグラウンドとしての政治状況やインディオの生活なども描かれていたと思いますが、そうした部分でアピールしたい点などをお聞かせください。
アルフォンソ監督——そうしたことに関してのメッセージは特に無い。映画でメッセージを伝えるということは、私はあまり好きじゃないんだ。そのためならEメールやFEXPがあるしね(笑)。なるべく客観的な現実を提示しようと思ったんだ。結末は皆さんに開いているし、何かに対して批判しようというような気持ちはない。メキシコのような国を見るときは、10代の子供を見るべきだと思っているだけだ。ある程度距離をおいて見てみれば、皮肉さやバカさ加減が見えてくるし、歴史の授業をするつもりは無かったよ。描きたかったのは、感情的なものなんだ。国家のアイデンティティの模索は感情的なものだと思うし、それ以外の部分はイデオロギーになってしまうからね。その客観的な捉え方は、逆にメキシコ国内では物議を醸し出しもしたんだけれど、海外の人の目には魅力的に映るようだね。でも、この映画を理解するために現実のメキシコの問題を理解する必要はないと思う。一人一人の中に問題はあるんだ。

Q.魅力的な景色だと感じましたが、ロケ地選定のポイントと、特に思い出に残る場所を教えてください。
アルフォンソ監督——メキシコの10代の子供達が旅する先の海岸はアカプルコかオオハカで、後者が映画で使った所なんだ。すごく美しくて、あまり開発も進んでなく、また物価が安いんだ。同時にオオハカはメキシコ内で最も貧しい州であり、人種も言語も最も多様、複雑さを持った州であり今のメキシコを表すミクロ・コスモスのような州なんだ。
ガエルさん——それとこのルートが、メキシコ・シティからビーチに行く一番自然なルートだったというのもあります。時間はかかるけど、無料の道路をずっと使っていくんです。映画の中で車を泊めるビーチはカタルタと言って一番近い道路から歩いても40分くらい、さもなくば海からしか近づけない。でもここで描かれたメキシコは、多様なメキシコの極一部の姿でしかないんだ。
アルフォンソ監督——そう、映画で使ったビーチはボートで海からしか行けないところで、観光客から離れた場所なんだが、20頭以上の豚を連れて行くのが大変だったね。水は好きなようだけど、船に乗るのは大嫌い。奴らは海に入っちゃうんだけど、泳げないからまた船に引き戻したりで、そりゃ大変だったよ。豚に関しては悲しい話があるんだ。撮影の最終日、アホのディエゴは豚を一頭一頭触って、一番若かった奴を料理して食べちゃったんだ。さっきまで、共演していたと言うのにな。その言い訳が、その豚が演技中に上手く感情を返してくれなかったからだって(笑)

Q.車の中でマリファナ吸ってセックスの話をしたり、また最後の夜に酒を飲んでセックスするところが自然なテンションでしたが、勿論素面ですよね?
アルフォンソ監督——僕は酔ってなかったが、彼らはベロベロだったよ。
ガエルさん——一つの場面は確かにテキーラを飲みながら撮影しましたが、それ以外は素面でしたよ(笑)。
アルフォンソ監督——質問した貴方も、その質問の様子がとってもリアルだったけど、やはり貴方の経験からですか?へっ、ドラッグは禁じられてる?それじゃセックスも禁止?そうそう、日本で映画のセックス・シーンにモザイクがかかるのって凄いよね。何が起こったのかと思ったよ(爆笑)。ドラッグやったせいかなってね(笑)。なになに、日本人はイマジネーションを飛べるって?それって、モザイクで興奮しちゃうってこと?(笑)

執筆者

宮田晴夫

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