$ROYALBLUE 恋の痛みを癒してくれるのは
風の音や木々のそよぐ音…$

『八月のクリスマス』のホ・ジノ監督が、新作『春の日は過ぎゆく』とともに来日。自然の音を集める録音技師の青年の、純粋でひたむきな恋を描いた『春の日は過ぎゆく』について、監督みずから語ってくださった。





前作の『八月のクリスマス』は、恋が始まる時の気持ちを描いていらっしゃいましたね。今回『春の日は過ぎゆく』では、過ぎていく恋を描いていらっしゃる。今回のテーマはいつごろから暖めていたんですか。
「タイトルはかなり前から決めていました。1999年の冬ごろに決めたと思うんですが…。『春の日は過ぎ行く』という同名の歌があるんです。韓国では有名な歌で、その歌詞からヒントを得たんですよ。恋愛をしている時、人は“この恋愛はずっと変わることがないだろう”と思っているわけですね。でも、季節が移り変わるように、時が過ぎれば恋心も変わってしまう…そういう歌詞なんです。それが映画的にも使えるんじゃないかと思って、まずタイトルを決め、話を膨らませていきました」
その歌は、韓国のみなさんが子供の頃から知っている歌なんですか?
「1940年の歌で、韓国の中でも年配の方が好きな歌のひとつです。歌詞は“19歳の女性がある男性と恋愛をするけれど、男性のほうが心変わりしてしまった”という内容。19歳のうら若き女性が、韓国の民族衣装を綺麗に着飾っている、そういう歌詞もあったりします。
“恋愛においても人生においても、いい時間は過ぎ去ってしまう”と歌っているんですね。この歌は私の母の18番で、母が歌っているのを聴いて“過ぎ去った月日への思いを映画にしてみたらどうか”と思ったんです」






この映画の主人公・サンウの職業は、録音技師ですね。前回の『八月のクリスマス』の主人公は写真技師でしたが…。
「『八月のクリスマス』では“もうすぐ自分が死ぬことを知っている人が、もし自分で遺影を撮るとしたら。それも笑顔で撮ったらどうか”と思って作りまして。そこから主人公の職業を写真技師にしたんですね。
 今回は録音技師ですけれど。今回、恋愛によって傷を負った人たちが出てくるんです。そういう人が癒されるのは、やっぱり自然の音じゃないかと思うんですね。それで積極的に自然の音を取り入れたかったんです。だから、主人公の職業は録音技師になったんですよ」
監督ご自身も、ちょっとした小さい音に興味があると伺いました。
「ええ。映画において音はとても大切だと思うんですね。最近の映画を眺めてみると、ハリウッド映画も韓国映画も、音が大きい気がするんです。観客にはそれが面白いのかもしれませんが、私にとっては、音が大きすぎるように感じられる。そこで小さな音の映画を作ってみたいと思いまして。
 今回、映画の中で描かれていますが…風の音や木の葉のそよぐ音、お寺の風鐸の音…そういう小さな音から、微妙な情緒が表わせると面白いのではないかなと考えました」
監督は、生活の中でどんな音によって心を癒されますか?
「おととい、温泉に行ったんですね。私は温泉がもともと大好きで。このあいだは、他に人がほとんど入っていなかったんです。そういう静かな中で聞こえる水の音…。すごく心が穏やかになりますね。
 この映画の中に、竹林と、竹林の中に住んでいるおばあちゃんが登場します。あの方は実際あそこに住んでいる人なんです。あのおばあちゃんの旦那さんは、浮気したりしてかなり彼女を苦しめたらしいんですよ。でも、“そんな時でも、私は竹の音を聞くと心が癒されましたよ”とおばあちゃんは言う。自然の音は、そういう風に、人の感情をなごませたり癒したりする力があるんですね」





では俳優さんについて伺いたいんですが。主演のユ・ジテさん、イ・ヨンエさんの、監督からご覧になった魅力は何ですか?
「まずサンウ役のユ・ジテさんですが、清らかな澄んだ印象を受けました。そして本当にいい人だなあと。彼は演技をする時、のめり込むタイプなんです。特に今回、サンウにとって、ものすごく辛いシーンがあるんです。その撮影の時のユ・ジテさんは、演技しているというより、本当に自分が恋人とのっぴきならない状態になっているようで。傍から見ていても辛そうでした。そういう姿勢は、演技者として素晴らしいと思います。
 イ・ヨンエさんには、ウンスというヒロインを演じてもらいました。ウンスはサンウほど短絡的ではない、複雑な心を持った女性です。つかみどころのないキャラクターなので、演じるのがむずかしかったのではないかと思いますが、イ・ヨンエさんはうまくこなしてくれたと思います。
 彼女は疲れを知らない女優なんですよ。たとえば、僕はテイクを30回くらい撮り直すことがあるんですが、30回撮り直しても、彼女は“もう一回やらせてください”と自分から言う人なんです。根性のある人ですね」
今回の撮影の中で、特に大変だったことはなんですか?
「今回は、音が重要な映画だけに、撮影現場で聴こえる雑音をシャットアウトしなければいけなかったんです。たとえば竹が揺れる音を録る時に、近くで聴こる小さな雑音を消さなきゃいけないわけですよ。本当に録りたいものだけを残す作業が、とても大変で時間がかかりましたね」




ところで、サンウの恋と監督のご経験が重なる部分はありますか?
「僕の経験というよりも…シナリオを作っていく段階で、ユ・ジテさんと話し合いながら人物像を決めていったんです。ユ・ジテさんは自分と等身大の若者を演じているわけなので、彼の恋愛体験談について、二人で話し合いましたね。私は私で“若い頃の恋愛はこうだったよ”と話したりして。そうやってシナリオを作っていったんです。
 恋愛は私的なことですよね。でも映画にする場合、私的なことも普遍化させなきゃいけないんです。いかにして普遍的な物語にするか、そのあたりで苦労しました。ユ・ジテさんと話しながら、普遍的にできるエピソードはないかと探していったんです。
 韓国でマスコミ試写会をした時のこと。見に来てくださった評論家の中には“自分の過去を見ている気がする”という人がとても多かったんです。そして映画を見たあとで、皆さん、お酒を飲みにいって昔のことを語り合ったようですよ(笑)」
最後に、日本の映画好きな人たちにメッセージを!
「三年前、『八月のクリスマス』が公開された時に日本の皆様が多くの関心を寄せてくださって、ありがたく思っています。今回もそれと同じように『春の日は過ぎゆく』に興味を持っていただければ、うれしいですね」

  取材・構成/かきあげこ(書上久美)

執筆者

かきあげこ(書上久美)

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