昨年の大鐘賞で4部門(監督賞・主演女優賞・助演女優賞・審査委員特別賞)を受賞した本作は、長く苦しい不妊治療の果てにようやく訪れた妊娠が、儚い夢に消えてしまう、そんなさだめを負ってしまった夫婦の物語だ。優しく舞い降りては消えていく儚い淡雪のように、その命は夫婦のもとに宿り、わずか1日で消えていく運命。そんな現実を突き付けられ、ふたりはどう対処していくのだろうか。
 こう書くと、ひどく重い話に聞こえて引いてしまう人もいるかもしれないが、しかし、ハン・ジスン監督は、ときにコミカルに明るく、希望を感じさせる感動作に撮り上げることに成功した。
 ヒロインに扮するのは、SFファンタジー『KUMIHO/千年愛』以来久々に日本のスクリーンに登場するコ・ソヨン。シム・ウナ、イ・ヨンエとともに、韓国トップ3女優と言われている。不妊に苦しむ妻をあたたかく包み込む優しい夫は、『美術館の隣の博物館』『アタック・ザ・ガスステーション』で日本でも人気急上昇のイ・ソンジェが演じている。
 では、本作にかけた思いをハン・ジスン監督に語っていただこう。

$blue 『エンジェル・スノー』2001年韓国映画
監督:ハン・ジスン監督
主演:イ・ソンジェ、コ・ソヨン
第38回大鐘賞4部門受賞(監督賞・主演女優賞・助演女優賞・審査委員特別賞)
2002年6月1日、新宿武蔵野館にてロードショー$





——まず、こういうテーマで映画を作ろうとしたところから伺いたいと思います。
「この映画は表面上は不妊に悩むある夫婦の物語として描かれています。が、私が本当に言いたかったのは、誰しもどこかで不幸に遭遇するかもしれない、そういう可能性はあるわけですよね。不幸な出来事があったときに、それをどういうふうに克服していくのか。人生を歩んでいく上で捨ててはいけないものは、希望です。私は、いつもそれを考えていたんです。その矢先に、この映画を監督しないかという話がありまして、こういう映画なら、私の思いを表現するのに適切ではないかと引き受けました」
——ク・ボナンさんがイタリアで実際にこういうことが起きた、という記事を読んで感銘を受け、企画したそうですね。ク・ボナンさんからはどんな形で話があったのですか?
「最初に聞いたのは記事の内容だけでした。『生まれてまもなく死ぬ運命にある赤ちゃんが臓器を寄贈することによって、数名の赤ちゃんを救った』というひじょうに短い記事があったという話だけを聞きました。監督を引き受けたときには、シナリオの初稿ができあがった段階で、シナリオを読んで、私なりのイメージの表現を工夫してみました」
——初稿からどう膨らませたのですか?
「まず、初稿で好感が持てたのは、家族の物語であったという点です。単に男女間の愛ではなくて、家族間の愛が描かれる作品であるところに好感を持ちました。悲しい素材なんですが、悲しいものを悲しく描くという固定観念を覆すことで——これは映画制作においての私の志向とも言えるんですけど——悲しい場面と笑いの場面を複合的に混ぜる努力もしました。私がいちばん言いたかったのは、ポジティブな生き方、希望、価値観。それを観客に伝えるためには、不幸な出来事に出遭った夫婦がそれを克服していく、その暗さをもってアピールできと考えたのです」






——シリアスに描いていけばとても重たくて暗い映画になってしまうところを、妊娠がわかってからの夫婦の言動をコミカルに描いたことで、彼らのすごく嬉しくて弾んでいる気持ちが伝わってきて、それで救われた部分があったと思うのですが、そういったところがご自分のカラーとして取り入れた部分になりますね?
「そうです。そう考えていただければいいと思います。私が思っている理想的な映画というのは、ジャンルに関係なく人間が日常感じる喜怒哀楽を全部感じられる映画だったらそれがいいと思うのです。ですから、そのように感じていただければ幸いです」
——コミカルさの加減が、ある人から見たらはしゃぎすぎに見えるかもしれませんが、実際に生まれてくる子供を思ってブロックの家を作ってしまったり、お腹の子供と会話する機械を買ってくる人はいると思いますし、リアルだなと感じました。ただひとつ、妊娠がわかって子供のために一戸建ての家に引っ越しますね。その引越しの感覚はオーバーに描かれてたのでしょうか? それとも、そういう感覚は実際に韓国の方にはあるのでしょうか?
「まず、細かく見ていただいて嬉しく思っています。韓国では、私のそういう表現の方法について、オーバーではないか、幼稚だ、という批判をたまに聞いたりするのですけど、映画に関しての固定的な観念が先走りしていますので、構築的な見方さえなくせば自然と入ってくると思うのです。そういう面で細かく見ていただいて嬉しく思いますけれど、妊娠がわかったときに一戸建てに引っ越すというのも、ちょっと違う方向で考えてみたらどうでしょうか? これも韓国ではいろいろ取り沙汰されたところではあるのですけれど、私はこう考えたいと思います。主人公がものすごくお金持ちか親から援助を受けていて、念願の子供を授かったので一戸建てを買って引越しをする、そう考えてはどうでしょうか? 自分と違うからそれが普通じゃないと考えるのではなく、映画の中のそういう人物はああいう人物なのだと考えたらどうでしょうか? 補足しますと、引越しまでして子供を育てる準備をしたということは、それほど子供に対する期待が大きかったということを表現したかったのです。全部準備できている、と。しかし、いちばん肝心な子供はいない、そういう状況を表現したいということがあったのです」
——やはり家族というものを考えたときに、子供は重要な要素だと考えますか?
「家族には子供がいちばん重要な要素かというと、私は全面的にそうだとは言い切れません。この映画は実話に基づいた話であって、子供という素材を通して私が伝えようとした家族の愛であり、希望を捨てちゃいけないというだけの話であって、子供がいなくても家族は十分幸せになれると思うんです。たまたま私が映画を通して言わんとしたところが、こういうストーリーを通して表現されただけです。不妊症の夫婦においては子供がいちばん重要な要素になるのですが、もっと大きな視野で、不幸を見てほしかったのです。人生において不幸を乗り越えるためには、それなり克服する希望がなければいけないし、そのために頑張っていく夫婦の姿を見てほしかったのです」








——本当にイ・ジョンジェさんとコ・ソヨンさんの演じる夫婦はいい夫婦だなと思って見ていたのですが、このおふたりのキャスティングをした理由は?
「キャスティングが決まってから監督を引き受けました。キャスティングには関わらなかったのですが、コ・ソヨンは韓国では“新世代”という弾けるはつらつとしたイメージがあるので、この映画を通じてメロドラマもできる女優にしてみようという個人的な欲がありました。イ・ソンジェは、彼自身のイメージを生かしただけでも映画に合います。つまり、彼自身の持っている柔らかさとか優しさをそのまま生かせば十分だと思いましたので、そのままのキャスティングでいきました」
——どうしても主演のふたりに目がいきがちですが、叔母を演じたユン・ソジョンさんは、本作で大鐘賞の助演女優賞を獲られています。どういう方なのですか?
「舞台俳優としての芸歴のひじょうに長い方なんです。映画でも、「罠」という映画に主演した方で、ひじょうに個性の強いベテランの女優さんです。ユン・ソジョンさんのお兄さんにあたるユン・サミュク(『桑の葉』『アダダ』『将軍の息子』の脚本)さんという方がいらっしゃるのですけれど、この方は韓国でもかなり知名度の高いシナリオ作家でもあって監督です。子供のときから彼女はそういう環境で育ち、年配の方ですが、今でもかなり活発に活動しています」
——ユン・ソジュンさんのキャスティングさんは、監督の意向ですか?
「個人的に好きな俳優だったのでお願いしました」
——家族同士の愛を描いていたことに好感が持てたということでしたが、それはヒロインと叔母の関係ですか?
「初稿段階では、叔母と主人公の関係は入っていませんでした。私が家族同士の愛に好感を持てた理由は、養子のことですね。養子を家族の構成員として迎え入れるにあたって家族とは何かと考え、家族にとっていちばん大事なのは血の繋がりではなく愛ではないかと。それをうまく表現できそうな作品だと思いました」
——叔母との関係は、どういう理由で取り入れたのですか?
「ヒロインは、叔母との関係を築いたときに、養子をとることを決心します。その伏線として採用できたらと思いました。というのは、やはりここで叔母とヒロインとの関係は血の繋がりはあるのですが実の親子ではない、それを越えた家族の絆でお互いが繋がっているのです。それが伏線として、暗示になって、養子を拒んでいたヒロインがそれを引き受けるわけです」
——臓器移植の話では、それにヒロインがOKを出すというところで、子供の命が1日で終わっても違う形で命が続いていくという、ひじょうに前向きなものを感じました。監督としては、そのあたりのことはいかがですか?
「そうですね、母親であるヒロインにとっては、臓器移植というのはひじょうに難しい選択だったと思います。ポジティブな生き方をすべきだと頭の中ではみんな知っていますけれど、それを選択してわかるためにはきっかけがないと難しいことだと思います。観客の皆さんに共感してほしかったのは、この映画を通じて当事者に振りかかった出来事じゃなくても、こういう苦痛を持っている人がこと、選択をすることは難しいことであるけれど、選択をした後にはそれなりの生き甲斐・やり甲斐があるということを知ってもらいたかったのです」
——最後に、今後のことをうかがいます。これからどういった映画を作っていくご予定ですか? この映画に関しては、ある程度できたものを持ち込まれた形ですが、そういう形でお仕事を受けられることが多いのですか?
「まず、よい作家によるいいシナリオに期待して、私はできれば演出にだけ専念したいのです。いい企画であれば、私がやろうが他人がやろうが参加したいですね。次作は、これまでメロドラマ系の作品が多かったので、違うジャンルに挑戦したいと思います。そのためには何が必要か、その方法を模索中で、その素材も検討中です」

執筆者

みくに杏子

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