アカデミー賞の前哨戦ともいえるゴールデン・グローブ賞で、作品・主演男優など主要4部門を授賞し、7部門でノミネートされたアカデミー賞でも授賞が有力視される『ビューティフル・マインド』のロードショー公開が月末に迫ってきた。“ゲーム理論”の土台を完成させた天才数学者ジョン・フォーブス・ナッシュの、栄光と凋落、そして奇跡的な回復というまさに波乱万丈の半生を、現実と幻想の危うい狭間を行き交う姿を活写した快作だ。
 本作で主人公、ジョン・ナッシュを演じているのは、『グラディエーター』でアカデミー主演男優賞を授賞したラッセル・クロウ。本作によってアカデミー主演男優賞ダブル授賞も夢では無い好演を見せた彼が、3月18日にキャンペーンのため三度目の来日を果たし、20日にはパークハイアット東京にて記者会見が開催された。
 会場を埋め尽くしたマスコミ陣の前に、ラフな赤いシャツで登場した彼は、バーボンとタバコのせいと笑って語った渋い声で、しかしいたってフランクな様子で、サッカーやラグビーなど好きなスポーツの話などを挿み場を沸かせながら、マスコミ陣の様々な質問に答えてくれた。

$navy ☆『ビューティフル・マインド』は、2002年3月30日(土)より日比谷スカラ座ほか全国東宝洋画系にてロードショー公開!$







Q.今回の役柄はアカデミー賞を受賞された『グラディエーター』とは180度異なっていますし、毎回作品ごとに違うキャラクターを演じられてますが、意識的に選ばれているのでしょうか?また、実在の人物を演じる時と架空の人物を演じる時では、演技プランは変わるのですか?また、役にのめりこんで、撮影後までひっぱってしまうようなことはありませんか?
——私の所には多くのシナリオが届きますが、読んでみて肉体的に鳥肌が立つようなエモーションに訴えかけてくるような作品を選んでいるんだ。自分から役柄を選ぶというより、そうした作品との出会いを待っているんだ。私の仕事は、そうして選んだ作品の中に完全に溶け込んで人々を感動させることが仕事なんだ。
葛藤の無い人間にはドラマは無いし、そうしたものを描いても薄っぺらなものになってしまうよね。だから葛藤を持った人物を演じたいと思っている。それは誰でも日々経験していることであるはずだが、映画の中ではそれをさらに拡大させていく。だから孤高のヒーロー的な部分が、より強く出てくるというのはあると思う。
役のアプローチは、演じる役によって全て異なるよ。フィクションであれ、実在の人物であれその人物について学ばなければならないことには変わらないしね。ただ強いてあげれば、今作にしろ『インサイダー』に実在の人物を演じるということはその人物に対して責任がある。それ故彼等に敬意を表し、その精神を尊重した演技を心がけるよ。だから観客の中に演じたキャラクターの親戚・知人がいて、あの場面は本人にそっくりだったとか言われた時には本当に誇りに感じるよ。
演技に関して言えば、私は監督からの“アクション!”“カット!”の掛け声の間しか演技はせず、“カット!”の後に役を引き摺るようなことは全くないね。長いキャリアの中で、その切り替えがしっかりと身についているんだ。“カット!”の後もキャラを引き摺るなんて、エネルギーの浪費だよ。今回の役に関しては、原作を大いに参考にし精神分裂症の研究、及びアイビーリーグが持て囃されたあの時代の世情を勉強した上で、カメラの前に立ったんだ。私は以前はキャラクターの内面から作っていくタイプだったが、最近は外面をきちっと作った上で内面を詰めていくアプローチになっている。

Q.貴方は、この作品に取り掛かるにあたりジョン・ナッシュに逢われましたか。また、天才の定義はどのようなものだと思われますか?
——ジョーとはリハーサル中はスケジュールがあわずに逢えなかったのだけど、撮影3日目にプリンストンの撮影現場に現れました。そこで話したこと大変参考にさせてもらったし、実際に映画に取り入れた部分もある。ラストの方でお茶を飲む場面の会話なんかがそうだね。彼にコーヒー、紅茶どちらを飲むか尋ねた所、決定するための分析に15分かけたんだ。私は待ちきれず紅茶を飲んじゃったけどね(笑)。
私は天才とは知的なレベルよりもエモーションの部分で決まっていく。それはアートに自分を埋没させることで、他人に旅をさせる人、そういう力を持った人だと思うね。








Q.これまで演じて来られた役の中で、再度演じてみたい役はありますか?
——私は役に入れ込むタイプなので、再度演じたいキャラは沢山あるよ。『L.A.コンフィデンシャル2』もいいと思うし、『グラディエーター2』…は死んじゃったから駄目か(笑)。よく役を演じるにあたって好きじゃなくちゃならないという話を聞くが、私はそうではないと思う。そのキャラクターがネガティブであるかポジティブであるかは関係無く、役作りをしていく過程が好きなんだ。

Q.精神病という難しい役を演じるにあたっての役作りはいかがでしたか?
——世間は精神分裂症に大きな誤解を持っている。ジム・キャリーが巧みに演じてみせた『二人の男と一人の女』の人格分裂と混同されがちだが、実際には病状には様々な段階があり、患者には患者の理屈があるということを学んだ。すると同時に、それは自分が確固と考えていることも、実は違うのでは無いかという恐怖を抱き始め、考えていくうちに夜も眠れなくなるような恐怖を感じた程だよ。皆さんは、目が醒めているかい?

Q.今作は多数のアカデミー賞にノミネートされていますが、スタッフ・キャストに関してお聞かせください。
——ロン・ハワード監督は子役出身で高い人気があったことから逆に単純な人だと思われがちだが、複雑で知的な映画の全てを知り抜いている素晴らしいフィルム・メイカーだ。私と彼のコラボレーションは、撮影初日から非常に息があっていた。彼は自分が何を望んでいるか判っているし、私にもそれがよく判ったよ。無駄の無い仕事ができたね。
ジェニファー・コネリーも素晴らしい女優だが、特に今回の作品で花開いたようだね。彼女も子役としてキャリアを積んで来たが、演技を勉強し今回初めて深みのある役を演じている。二人で一緒にオスカーがもらえたらいいと思うよ。

Q.今作のクライマックスでノーベル賞の授賞シーンがありますが、ご本人のアカデミー賞を受賞されたときのことがダブりませんでしたか?
——面白い質問だね。あれは1000人くらいのエキストラに座ってもらっての撮影だったが、1日中僕が同じスピーチを繰り返し行うのを聞いているわけだから、彼等にとっては退屈な撮影なんだ。でも、反応が無くちゃならないから、最後に授賞のリアクション・ショットを撮る時には、私はオスカー像を持ち出してみたんだ。すごく盛り上がったよ。

Q.この作品で貴方が一番お気に入りの場面をあえて選ぶとしたらどの場面でしょう。
——老いたジョンが図書館で、学生から質問される場面が大好きだ。そこがまさにシナリオを読んで鳥肌が立った場面なんだよ。学生の質問によって、ダムが一滴の水で決壊するかのように精神が満ち溢れ、彼が甦っっていくところだね。
またこの映画が素晴らしいのは、数学が関わっているからでもなければ天才の話であるからでもない。素晴らしいラブ・ストーリーだからなんだ。男と女が信じられない困難に立ち向かい、克服し、添い遂げていったことこそが真髄なんだ。

執筆者

宮田晴夫

関連記事&リンク

作品紹介