『ザ・ロード』は、ある映画監督が母危篤の報せを受けて故郷へ向かう道すがら、さまざまな思い出や感情を甦らせる話。その監督ダルジャン・オミルバエフ氏はクールに頬杖をついて目の前に座り、辛抱強く丁寧に質問に答えてくれた。時おり、意外なほど人なつこい笑顔を見せながら…。



——なぜ、映画人の登場する映画を作りたかったんですか?
「映画は自分がよく知っている世界だから。やっぱり自分が知っている世界を描くべきだと思ったんですね」
——映画の世界の面白さは?
「一番面白いのは“思いつく”ということ。それから思いついたことを“見る”ということ。これはクロスワードパズルを解くような、あるいは何かの問題を解くような、スリリングな面白さがあります。思いついたものと見えてくるものが一致するかどうか。そういうところですよね」
——“クロスワードパズルを解くような”とおっしゃいましたが、監督は以前、応用数学を勉強なさっていて、そのあと映画の世界にお入りになったんですよね。数学と映画は何か共通する点があるのでしょうか。
「映画を一般化して、数学と共通性があるかどうかは言えないと思います。たとえば“詩”という一般的な名称がありますが、シェークスピアの詩と松尾芭蕉の詩とは大きな違いがありますよね。同じように、一口に映画といってもいろんな映画があるわけです。そういう意味では、数学と映画のあいだに共通点はあるものもあるけれど、無いものは無い…と」



——この映画の主人公アミルについて。監督が人から聞いた話…たとえば“母親のお葬式に間に合わなかった人の話”など、いろんな要素をアミルのエピソードとして盛り込んだそうですね。その中に監督ご自身と重なる部分はありますか?
「この映画のコアとなるエモーションは全部私から出ているものです。でも映画の筋だてというか、シークエンスというか、そこでは他の人の経験をいただいています。まあ、そのまま使っているわけではないし…。
 引用を恐れる必要はないんじゃないかというのが私の考え方なんです。大事なのは、創作の基本に自分自身があるかどうかということ。核となる部分に自分の感情や考え方があるならば、他の人からの引用は恐れるべきではないと思います」
——そうですね。ではエモーションの部分で、監督の感情と主人公の感情が重なっているのは具体的にはどんな所ですか?
「たとえば主人公のアミルが、母親が病気だという報せを受けて故郷に向かいますね。ここは私自身は関係ないんです。というのは家の両親は健在ですから。それから、編集の女の子とアミルがあやとりをして戯れるシーンですが、これも、私はこういう経験はない。
 ただ最初の方の場面で、アミルが、息子がテレビで映画を見ているのに、ドストエフスキーの記録番組にチャンネルを変えてしまいますよね。そして息子がドストエフスキー全集のポートレートに落描きをする。これは私の生活の中で実際にありました(笑)。
 それから映画の中の映画。監督としてのアミルが、若い男が老人を殺すシーンについていくつかのバージョンを考えますよね。私の前の映画『Killer』でこういう場面を撮る予定だったんです。ところが途中で雪が降ってきて、満足のいくバージョンが考えられなかった。これが、思いが遂げられなかったせいか意識下にたまっていまして、今回こちらに使ったわけです。でも『Killer』で撮ったものを再使用したのではなくて、今回のために撮ったものですよ」



——アミルは綺麗な女性に弱いけれど、そういうところはダブっていないんですね。
「美しいものが好き、という意味では共通するものがあるかもしれませんが、私は女好きでも女に弱い人間でもありません。
 私は、知的な冒険といいますか、空想の中のファンタジーがとても好きなんです。誕生の星座が魚座なんですが、魚座は空想家なんですよ。実は黒沢明監督の『羅生門』を初めて見た時に“あ、この監督は魚座だ”と思いました。魚座の人はリアルな場面を自分のスクリーンに再現することはしないんです。すべて自分の頭を通過させて出してくるんですね。あとで映画辞典を見たら、やはり黒沢さんは魚座でした」
——『ザ・ロード』には蒙古人に襲われる幻想的なシーンがありますが、監督の知的な冒険のひとつの現われなんでしょうか。
「そうです。あれは夢なんです。アミルが車を運転していた時にバックに流れるラジオ番組を、そのまま夢に見るんですよね」
——さり気ないユーモアが感じられて、とてもいいなあと思ったシーンです。
「ありがとう」
——監督は文学に造詣が深くていらっしゃるんですね。『ザ・ロード』の中にもドストエフスキーや芥川龍之介の『地獄変』のお話が出てきました。
「文学にさほど詳しいわけではありません。でも文学に学んでいます」
——芥川龍之介には興味がおありですか?
「ええ。私だけではなくて、カザフスタンでは芥川はとてもポピュラーな作家です。私の青春時代、みんな読んでいました。翻訳でですけれど」
——映画に『地獄変』のお話が出てきていましたが、絵を描くために娘を焼き殺した絵師について、どう思いますか?
「とても複雑ですね。一義的ではない印象。だから私の映画のアミルもそのことを語っているんですよね。これは結局“陰陽”なんですよね。光と陰で引き離せない。いいとか悪いとか、一義的に簡単に言える問題ではないんです。非常にむずかしい」



——監督が子供時代にご覧になった映画で、特にお好きな作品は何ですか?
「フランスのジャン・マレーの出ている『ファントマ』シリーズが、子供時代に好きな映画でした。とても面白かったから」
——カザフスタンの映画館は、どんな感じなのでしょうか。
「私の映画にも出てきましたが、日本と同じですね。ただ、そんなにたくさんは無くて、都市にしか無いんですよ」
——ダルジャン監督は、とても知的でストイックでクールな感じがします。いったい監督は笑い転げたりすることはあるんですか?
「あなたの印象は外見だけであって、私はとても感じやすいエモーショナルな人間です(笑)。性格は弱いです。たとえば激しく情熱的な国民性の国もありますよね。バスの中でとても激しいケンカをしたりする。カザフの人はそういう風にできないんです。
 でも、僕はよく笑いますよ。感情の面で、カザフ人はとてもロシア人に似ています。オープンで極端。今泣いたかと思うと笑い、今笑ったかと思うと泣く…大振りに揺れるんです。こういう諺があります。“カザフ人が口を開けると、彼の心臓まで見えてしまう”(笑)」
——正直な国民性でいらっしゃるんですね。ナチュラルで。
「カザフ人の祖先は遊牧民なんですね。いつもいつも自然とともにありましたから、とてもナチュラルです」
——日本についてどんな印象を持っていらっしゃいますか。今回の来日で“これをしたい”と思ったことはできましたか?
「日本は類い稀な国のひとつだと思います。ホテルにお金を置きっぱなしでも全然なくならない(笑)。今度二回目の来日なんですけれど、一回目よりももっと好きになりました。最初の時は真夏で蒸し暑かったし、ポケットに50ドルしかなかった…。今はもう少し持っていますから(笑)」
——ありがとうございました。
*追記。ダルジャン監督は、写真を撮影をしている時、“黒沢明監督と小津安二郎監督が好きなんだ。明日は鎌倉の小津監督のお墓参りに行くんだよ”と教えてくれた。

   取材・構成/かきあげこ(書上久美)

執筆者

かきあげこ(書上久美)

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