「(撮影後も)残しましょう、という案がありましたけど…。ただのオブジェじゃないですからね。御仏って作り物であっても魂がこもってしまうらしいんですよ」(種田陽平さん)。辻仁成監督作品「ほとけ」の主人公は町中の鉄くずをリヤカーで拾い集め、巨大な鉄仏を建立した。その迫力たるや、“鉄仏”を拝むためだけに、劇場に掛け込んだとしても損はないと言い切れるほど。デザインを手掛けた種田さんは「スワロウテイル」で架空の街を、「死国」で村を、「不夜城」で新宿歌舞伎町を再現した映画美術・屈指の才能。「ほとけ」で生み落としたのは何処かにありそうで、何処にも存在することのない、時が止まったような町並みだ。本作を十全に楽しむために、知られざるアートワークの世界を案内して頂いた。
  
※「ほとけ」は8月25日、シネマスクエアとうきゅうでロードショー!!






主人公が作る鉄仏について。本篇中、最も重要な美術のひとつですが。
 最初にシナリオを読んだ時、危険だなと思いましたよ(笑)。というのも、美術で御仏を作るとたとえそれが作り物であっても魂がこもるって言われているんです。僕が助手の頃の話になりますが、御仏を作った後に保管しておく場所がなかったんですね。というよりも、誰もが保管しておきたくないって言うわけですよ。処分するにも魂を抜くためにお払いをしなければならなかった。造詣する作業のなかに、ある種の神秘が入り込んでくるわけです。

現場に神主さんを呼んで…。
 神主さんもこれを作ったら魂が入ってしまうと言っていましたね。建立前と完成後、処分する前にもお払いをしたんですが“この場所は非常に危険です。事故が起こっても不思議はない”って言われたんですよ。近くにある岬は自殺の名所で、そこには暴れる竜の神様が住んでいて、すぐやってきて悪さをするって。毎日塩を巻いたり、お祈りしながら作っていって……まぁ、事故はなかったんですけど…。

蓮台はテレビや冷蔵庫、胴体は鉄筋やサッシ、頭部の螺髪(らほつ)はボルト。スクラップの鉄仏は実際にどのような工程を経て、完成したのですか。
 仏殿になっているのは、もともと廃墟になって朽ち果てていた倉庫です。その倉庫を撤去し、土を入れ更地にすることから始めました。壊れたシャッターを外し、王道を作り、天井や壁も加工しています。そこにスクラップ屋から集めた様々な鉄くずを入れ、実際に積み上げて仏を作っていきました。
 映画美術の基本では岩でも発砲スチロールを使ったり、石の壁を木で作ったりと、加工しやすい軽い材料で作るものなんですね。「ほとけ」では本当に主人公のライがスクラップを集めて作るように、小人数の造形スタッフがコツコツと作っていきました。全てのパーツを床に並べ、“Aの何番を取ってくれ”とかそんな世界ですよ。ちょうど夏場でしたから、暑いのを我慢しながら、火傷だらけになりながら作業していましたね。大道具の坪井一春さんを筆頭に、この造形部隊こそが美術的には勝利者だと思います。

鉄仏を撮影後も残す案もあったそうですが。
 ソニー・ミュージックエンタテインメントの社長も言ってらしたんですけど、函館市は鉄仏を移築して、公園に運んで残すべきだと。いや、それはちょっとなぁってね(笑)。他のオブジェだったら僕らも構わないんですけどね。観念としては神ですから、何十年も何百年も残ってしまったら完全に“そういうもの”になってしまいます。だから、壊して良かったんですよ。お払いして呪縛が解けてすっきりしたんです。






「スワロウテイル」に続き、今回も架空の街“臥牛市”が舞台になっています。
 「スワロウテイル」は架空の街ありきでしたけど、「ほとけ」はちょっと違うんですね。架空の街にした方が本作のファンタジーを表現しやすいだろうということになったんです。必要だったのは土地の匂いと匿名性。撮影は函館で行われていますが、映画の舞台になることの多い場所ですよね。函館の素材を使いつつも“ここはどこだろう”という雰囲気を出したかったんです。ですから、“ザ・函館”みたいな有名洋館は使ってませんしね。臥牛市というのは小説家らしく(笑)、辻さんが考えたネーミングで函館のシンボルである臥牛山からきたものなんですよ。

ロケ地を函館にしたのは?
 海辺の町であればどこでもできる話だったんですけど、辻さんは函館出身ですから、イメージにあったんでしょうね。密輸や密漁の話も出てきますし、僕としても太平洋側よりも日本海側の設定が相応しいかなと感じていました。実際に新潟ではロシアから銃や車が密輸された事件がありましたしね。なんとなく汚れた感じの匂い…というのかな、そういうのが欲しいとは思っていました。
 函館には能登から流れ着いた人たちとか、江戸時代に移住してた人も多いんです。今の東京を中心とした文化ではなくて、日本海側を通じて大陸とつながっていたりね、そういう世界があるんですね。
 辻さんとは「千年旅人」でもご一緒しているのですが、この時は能登の発端で撮影をしたんですよ。浜辺に流れついたゴミが中国のものだったり、韓国のものだったり…。外の世界とどこかでつながっているという思い、とでも言いましょうか。監督の方向性を暗示している気がしますね。

実際の函館は監督が誰よりも詳しかった。
 普通だったらやりにくいんでしょうけどね(笑)。辻さんが言うんですよ。あそこにおいしいすき焼き屋があるとか、おいしいコロッケ屋があるんだとか。高校の頃の通学路がそのまま残っていたり、馴染みのカフェが残っていたり…。でも、今回は辻さんの思い出が残っている街に、違う街を表出させる作業でしたからね。逆に良かったんでしょうか。思い出の街をぶち壊す、そういう側面があるんじゃないですか。辻さんの側にもぶち壊される快感みたいなのがあって、臥牛市は成立しているはずなんです。
(後編につづく)

執筆者

寺島まりこ

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