「ベルリン・天使の詩」から13年。ヴィム・ヴェンダースが「ミリオンダラー・ホテル」で再び”無償の愛”を描いた。原案はU2のボノ、知的障害を持つ主人公トムトムにジェレミー・ディヴィス、ヒロイン、エロィーズにミラ・ジョボヴィッチ、ガチガチの捜査官にメル・ギブソン。異色の組み合わせで、公開前から話題の尽きない本作品。「監督だから自分の映画を好きなのは当然だけど、これは別格。本気で1番気に入ってる。できることなら撮影をずっと続けていたかった。予算があるからそういうわけにはいかなかったんだけどね(笑)」というヴェンダース。上機嫌で始まった6日の来日記者会見を一部中継する。

※「ミリオンダラー・ホテル」は4月下旬、シャンテシネにてロードショー

 





ーーU2のボノから企画を持ちこまれたことが発端だったとか。
ボノとは14年の付き合いでね。ミュージックビデオも幾つか作ったことがある。でも、彼が脚本を書いていたなんて全く知らなかったんだ。僕のところに本を持って来たとき、彼はとにかくアドバイスが欲しいと言った。”何処に持っていくべきか、自分たちで作るべきか、監督は誰にするべきか”ってね。今、考えるとボノは賢かった(笑)。汚い手を使ったとも言えるけど。でも、その汚い手にまんまとはまったおかげでこの映画を撮る事ができたんだ(笑)。

 ーー「ブエナビスタ〜」につづく、ミュージシャンとのコラボレーション。
僕にとって、俳優とのコラボレーション同様、音楽家とのコラボレーションも重要だね。考えてみれば
それには理由がある。・・・・・。それについては・・・語るつもりはない(笑)。だって、言ってしまって、他の監督に真似されたら困るからね。

 ーー主人公トムトムのキャスティングは難航したと聞きましたが。
監督の一番大切な仕事は演出だけれど、いいキャスティングができるかどうかでそのうちの80%は終わったも同然になる。トムトムは知的障害者だけれど、今までいろんな俳優が演じてきた像ートム・ハンクスやダスティ・ホフマン、ディカプリオなどのーとは違った見せ方をしたかった。探していたのは、子供の頃に持っていた純粋さを役の中で演じきれる俳優だ。
 ジェレミーを見つけ出せたのはショーン・ペンのおかげなんだ。実はある程度決定していた役者がいたんだけど、ショーン・ペンが「プライベート・ライアン」を観ろって。ジェレミーがいいからって。そして本当に彼の言う通りだった。

 #ーーミラ・ジョボヴィッチは「フィフス・エレメント」で一目惚れ。
 そう、ガツンとやられた。ミラ自身、”この役をやるために生まれてきた”とまで言ってくれた。オーディションのとき、”もし、他にいい人がいても、もう一度私を呼んで。絶対にその人よりうまくやってみせるから”ってね。実際、彼女には2回来てもらって、2度本を読んでもらったよ(笑)。

 ーーメル・ギブソンがスキナー捜査官を演じているので、少しびっくりしたのですが。
スキナー捜査官はこの映画のなかで一番難しい役だと思う。類型的な警察で、規則に固まっていて時には陳腐ですらある。そういうものを全て背負っているんだけど、玉ねぎのような男でね、皮を一枚剥くととやっぱりガチガチの捜査官、でもさらに剥いて、剥いて素に近づいていく。そんな役をできるのは誰だろうと考えたとき、昔、僕が観たすごい映画「マッドマックス」の1,2,3をやった彼のことを思い出したんだよ。彼はいまやスーパースターだけど、それ以上にスーパー俳優なんだ。彼にとってこうした作品に出るのはチャレンジだったに違いない。だからこそやってくれたんだろうけどね。撮影が始まって1週間したとき、メル・ギブソンは僕の耳元でこう囁いたよ。”この役はハムレットより難しい”って(笑)。

 ーー”無償の愛”というテーマでは「ベルリン・天使の詩」が思い出されます。
あの映画では主人公は飛び上がったら命を得た。「ミリオンダラー・ホテル」は飛び降りたら死んじゃった。違いはそれだけ(笑)。大きな違いだけどね。
 情熱を描くのは簡単だけど、愛を描くのは難しい。トムトムの愛は大げさなじゃないし、わかりやすいものでもない。彼の行動をずっと見ていて気づくのは、他人に良かれと思うことが行動の基盤になっているってこと。エロイーズへの愛は所有欲じゃない。自分の価値や存在に気づいていない、ねむり姫を起こしてあげるようなもの。エロイーズだけじゃない、周りの人全てが彼の愛する対象なんだよ。観客は始め、”汚いホテルだな、クレイジーなやつらだな”と思うかもしれないけど、物語が進みトムトムの視点になっていくにつれ、登場人物に愛情を感じるようになるんじゃないかな。

執筆者

寺島まりこ