母親の面影を宿すソーシャルワーカーを追って、少年院を脱走した少年メヘディ。メヘディは、ソーシャルワーカーを母と思い込み、押し掛け息子になろうとあの手この手で奮闘する。メヘディの母を求める心の切なさと、職務と個人の情の板挟みになるソーシャルワーカーの苦しみが、コミカルなシーンを交えて描かれていく。
 監督の、カマル・タブリーズィーは95年にイラン・イラク戦争を皮肉ったパロディ『夢がほんとに』を発表した社会派。4月14日のキネカ大森での公開に先駆けて来日したタブリーズィー監督に、お話をうかがうことができた。(後編)



●ソーシャルワーカーの女性が彼らを救おうと母親のように接したところ、それがトラブルの元になっていいくわけですよね。ソーシャルワーカーの描き方はどのように考えられたのでしょうか?
★ソーシャルワーカーという仕事はとても大切な仕事です。少年院でたくさんの子供たちを扱います。彼らがいちばん欲しいているのは愛情です。みんな、彼女に自分の母親になって欲しいと思っているんです。ですが、ソーシャルワーカーは仕事の場、つまり少年院にいるときの感情と、少年院の外にいる時の感情を分けないといけない職業です。ですから、この映画のなかの彼女はミスを犯したわけです。本心は、メヘディのほうにあって、そのことは仕事の上では隠さなければいけないのに、表面に出してしまうんです。あるシーンでは怒って、メヘディの気持ちを自分のほうに来させないようにしていますが、実際は、それ以前に少年院の外ではメヘディを一切無視するべきだったのです。ソーシャルワーカーがけじめをつけなければ、子供たちはみんな甘え、彼女の邪魔をするようになります。すべての子供の一生の面倒はみることはできませんから、どこかで切り捨てなければいけません。そうすることは、余計に彼らの心に傷をつけることになります。彼らは、自分の人生をしっかりと歩まなければいけないのに、彼女への思いで心が揺れてしまいます。ソーシャルワーカーは、子供たちを同時に愛さなければいけなくて、特定のひとりに愛情を持ってはいけないのです。
 私は、ソーシャルワーカーはこうあるべきだというものを見せたかったんです。あまり感情を見せられないのがソーシャルワーカーなんです。


●ソーシャルワーカーを演じたファテメー・モタメド=アリアさんは、かなり人気のある方のようですが、彼女を起用された理由は?
★彼女はもちろん人気があるし、演技力もある有名な女優です。年齢も役柄にちょうどよかったんですが、何よりいちばんの決め手になったのは、彼女自身がボランティアをしていたことです。彼女は、女優になっていなかったら、ソーシャルワーカーになっていたのではないでしょうか。撮影中にも、ホセインととても仲良くなって、何回も彼を自分の家に連れていって、次の日にまた連れて、面倒をみていました。
●映像についてですが、冒頭でスチール写真を出して、それにソーシャルワーカーと院長の会話がかぶるという形をとられましたが、どうしてそういう形で始められたのですか?
★この作品は劇映画ですが、ある意味でドキュメンタリーです。そのことを示すには、スチール写真、それもドキュメンタリーのような写真をぱっぱっぱっと出して言葉だけ送れば、観客がホンモノというイメージを受けるのではないかと考えました。ソーシャルワーカーが子供たちと話しているシーンはドキュメンタリーです。というのは、子供たちは彼女を新しく来たソーシャルワーカーだと本当に思っていたから。すべて子供たちは本物の少年院の子供たちで、自分の物語を本当に語っているんですよ。ラストもドキュメンタリーっぽく終らせようと思いました。メヘディの話はこうだが、この社会の中にたくさんいるメヘディのような子供たちの運命はどうなるのか、これから彼らはどう生きるべきなのかということを考えてもらいたかったからです。ラストについては、プロデューサーともめたんです。「劇映画なんだから、話を終らせろ」と。でも、それでは映画館から出て話を忘れてしまうでしょう。「ただ劇映画を見て楽しんだ」にはしたくなかったんです。


●少年が大事に持っていた写真や、後光が差している母親のイメージショットがとても印象的ですが、これには何か——もともとはどういうものなのでしょうか?
★あの写真は、じつはあの女優を使って撮影したものなんです。微笑んでいるところはダ・ビンチの「モナリザ」のイメージ。母親のイメージとして持っている写真ですから、歴史の中で母親がどんなに大事な存在だったか、母親というのはどういう立場にいるかがこの写真で表現できたほうがいいと考えました。この写真は、古くからあるクラシックな絵画か何かで母親のイメージの描かれたものだと想わせたかったのです。ホセインは母親の愛情を求めている、ただの悪ガキではないということが重要でした。この映画の原題は「母の愛情」です。彼は愛情を探している、それも母親の愛情を探しているからです。ディテールには気をつけて、いろいろなものを入れています。
●最後に、あまりイランの映画に触れたことのない方たちに、この映画に関してのメッセージをお願いします。
★今の世の中、情報交換は簡単にできます。いろいろな国の情報を手に入れるのも、自分の国のことを発信するのも簡単にできる世界になっています。我々は映画というメディアによって、今まで話さなかったこと、話しても言葉が通じず伝えられなかったことを映像を使って話せるようになってきています。特に私たちの国では、映画によって大勢と関係を持つことができています。日本はアジアの国で、そのアジアの西にはイランという国があって、ふたつの国は古くから文化交流をし、関係を持ってきた国です。この映画は、いろいろな所で上映されて人の心に訴えてきました。日本とも映画によっていい関係が持てるのではないでしょうか。アジアの国同士で、文化交流をし、その交流を深めていくことが私たちの望みです。それが実現されることを心から祈っています。

執筆者

みくに杏子

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