80年代好景気に沸くニューヨーク。デザイナーズ・スーツに身を包み、高級名刺を見せびらかし、婚約者と複数の愛人を持ち、ヒューイ・ルイスを崇めたてる。メアリー・ハロン監督「アメリカン・サイコ」はリッチなヤッピーの心の崩壊(=連続殺人)を描いた風刺劇だ。怖いけど笑える、そんな主人公パトリック・ベイトマンを演じたクリスチャン・ベールが1月25日、恵比寿ウェスティンホテルにご登場。「(『アメリカン・サイコ』は)『ドリアン・グレイの肖像』の100年後みたいなもの。周囲から“お前のキャリアがだめになるぞ”と言われたけど、すごく刺激的な経験だったね」。本作は今春、恵比寿ガーデンシネマにて公開の予定。カルトな支持者を生み出しそうなベイトマンを語ってくれました。



——原作はアメリカの評論家がこぞってスポイルした問題作です。オファーがあった時はどう思いましたか。
最初から役のオファーあったわけではなく、監督兼脚本のメアリー・ハロンと電話で話していた。そこから「アメリカン・サイコ」の話になったんだ。最初に思ったのはこんな役を演じる機会は2度とないだろうということ。これまで時代ものやナイスガイの役が多かったからね。周りの人間はことごとく「引き受けたら、お前のキャリアはおしまいだ」と言っていた。でも、だからこそ、どうしてもやりたくなってしまった(笑)。

——原作のパトリック・ベイトマンを意識しましたか。
スクリプトを渡された時、原作は読んでいなかった。噂で聞いて単にシリアルキラーものとしか認識していなかった。だから最初はちょっと驚いたね。パトリックの行動は突飛で時に笑ってしまう。連続殺人鬼の話なのに、これじゃまずいんじゃないかと監督に伝えると「まさにそういう笑える部分を意図したの」と返ってきたよ。

——役作りで苦労した点は。
シリアル・キラーという点は自分にとってはどうでもいい要素で、むしろ時代の雰囲気を掴むことが重要だった。そうそう、殺人鬼に対するリサーチは特にしなかったけど、肉体作りへのリサーチが大変だった(笑)。ベイトマンは異常なほど肉体への虚栄心があったからね。




——ワークアウトはどれくらいしたんですか。
最初は一人で、次にはトレーナー付きで毎日3時間。ご存知の通り、イギリス人はジムよりパブに行きたい国民(笑)。僕も例に漏れず、ジムなんかに行くのは自分にとってすごく不自然な気がした。でも、役のためにはやらなくっちゃいけないからね。“ジムに行くのが大好きなんだ”って自分に無理やり言い聞かせて通ったよ(笑)。辛い経験だったよ。思うに、筋肉を鍛えれば鍛えるほど脳細胞は減る。どうしてこんなことやっているのか時に虚しくなったね(笑)。

——クロエ・セヴィニー、ジャレッド・レトほか同世代の俳優との共演は?
2人とも適役だったよね。クロエの演じたジーンは劇中人物のなかで唯一いい人と思える女性だけど彼女は流れるような演技を見せてくれた。彼らとのやり取りは——撮影中も普段でも24時間——アメリカンアクセントで話した。クリスチャン・ベールというよりも始終パトリック・ベイトマンという感じだったね。

——演じ終えて、「アメリカン・サイコ」をどう捉えます?
シリアル・キラーの側面ばかりが強調されるけど、実際、これは風刺劇だ。ウィットや人間の行動の滑稽さ、コメディ的な要素が溢れている。「ドリアン・グレイの肖像」の百年後を描いたような作品なんだ。80年代は“Greed is good(欲こそすべて)”の時代だったし、若くてお金もあって、なんでもできてしまう、そういう人たちがいた。「アメリカン・サイコ」はある時代を映し取り、洞察を加え、誇張化したものだよ。

執筆者

寺島まりこ