“おかしくて哀しきおんなおとこたちを見つめる新鋭”前田弘二監督インタビュー
“日常を少しだけ面白く見る名人”前田弘二が描く、放し飼いの人間たちが迷い込んだ袋小路の物語。第10回水戸短編映像祭でグランプリを受賞したことを記念して、前田弘二監督の特集上映が新宿のテアトル新宿で開催されることになった。
水戸短編映像祭の受賞作品『古奈子は男選びが悪い』をはじめ、ひろしま映像展2005のグランプリ&演技賞をW受賞した『部屋』(『女』『鵜野』)、監督初の8ミリ作品『ラーメン』、そして、今回の上映の為に撮り下ろした新作『誰とでも寝る女』など、前田監督が描くのは日常生活に潜む、ありえない日常である。
その小宇宙では、情けなくも優しい、そして愛すべき登場人物たちが一方通行の気持ちを破壊的にぶつけあっている。そのかみ合わない会話が緊張感を生み出すのだが、その姿はどことなく滑稽でもある。しかし、分かりあえるはずのない人たちが、一瞬だけ気持ちが交錯する瞬間を前田監督は見事に掬いあげる。その瞬間に、滑稽なドラマは極上の青春ドラマにも、ラブストーリーにもなるのだ。
今回は“日常を少しだけ面白く見る名人”前田弘二監督のインタビューをお届けすることにしよう。
◆パターンにはまるのが面白くないんですよね
前田監督はもともと活弁映画監督で知られている山田広野さんの映画に出演されていたんですか?
「僕が東京に出てきて、初めて会ったのが山田さんだったんですよ。バイト先が同じだったんです。ちょうど山田さんが映画を撮っていると聞いて、『参加させてください』と言ったのがきっかけですね。『じゃ出て』と言うんで、『撮影はいつですか』と聞いたら、『明日』と言われて(笑)。そこから出ることになったんです」
山田さんって本当に個性の強い人だと思うんですが、最初に参加した映画が山田さんの映画というのもすごいですね。
「そうですね。活弁ですしね」
彼の現場を経て、彼からの影響を感じる時はありますか?
「山田さんの現場はいいかげんというか、当日呼ばれて現場に行っても、物語が決まってないなんてザラですからね。上映はいつですかと聞いたら、『今日』と言われることが多かったんですよ」
そうすると編集はどうするんですか?
「本人はどうにかなると思ってますからね。結局どうにかなってるんですけど(笑)。それが唯一の影響というか。僕もどうにかなると思ってますからね」
山田さんの映画にはどんな役で出てらしたんですか?
「物語でいつも不幸になる青年役ですね。現場にはいろんな役者さんがいたんですよ。僕はもともと脚本を書きたかったんですけど、せっかくいろんな役者さんがいるんだから、撮っちゃおうと思ったのがのがきっかけですね」
撮影は早いんですか?
「だいたい一日か二日で撮ってます。『古奈子〜』は三日かかってますけどね」
そう言われてみれば、カメラ固定の長回しが多かったですもんね。でも、撮影日数が短いにしては役者さんの演技が自然ですよね。リハーサルはどれくらいで?
「話しあいは撮影前に結構やりますね。役について話したり、実際に演技をしてみたり。でも撮影当日のリハーサルはやらないですね。むしろイメージを崩していく作業なんですよ。イメージが決まっちゃうと、パターンにはまっちゃうので、それが面白くないなと思って。役者がどうなるのか分からないような状態にさせたいんですよね」
今回上映されるそれぞれの作品について聞かせてください。『女』を作ったきっかけは?
「その前に外で暴れまくる映画を作っていたんで、室内でじっくり演出するものをやってみたかったんですよ。でも、まだ女優さんを決めてなかったときに、主演の宇野さんという役者さんから梅野さんという女優さんを紹介されて。そこから僕の勝手なイメージを膨らませて作りあえた話なんですよね」
じゃ、まず役者さんありきで生まれた話というわけですね。
「そうですね。役者さんにあて書きをしました」
『鵜野』は『女』と撮影時期は一緒ですか?
「そうですね。1ヶ月の間に2本撮ったりしてますからね。この前に撮った作品で脇役で登場したふたりだったんですけど、兄妹で一本撮れないかなと思って、作ったんですけど」
何かシリーズ化できそうなキャラですよね。その前の映画でもこんな人たちだったんですか?
「そうですね。脇が一番目立つようになっちゃって、一本の映画になったわけです」
そうするとキャスティングって重要になりますよね。
「そうですね。この人とこの人を組み合わせたら面白いんじゃないかなと考えているときが一番面白いですね。もしくはこの人にないような役を演じてみたらどうだろうとか考えてみたり。ただ、本人が自分と同じような役だったら演じた気がしないというか、満足いかないのかもしれないですけどね」
出ている人は本人のキャラクターに近いんですか?
「いや、性格はまったく違うんですけど。ひとつは時間がないというのもあるんですが、まったく正反対の人物を演じるくらいなら、本人のキャラクターにプラスアルファをした役の方が、より魅力を出せるんじゃないかなと思うんです」
『古奈子は男選びが悪い』は?
「これは高田亮さんという方と一緒に共同脚本をやってみようと思ったのがきっかけですね。今までが男女のドラマをやってきたので、今度は女の子ふたりのドラマをやってみようと。この時は、やたらと意味のないことをやってみたかった時期で、どうでもいいことを50分でやってみようと思ったんですよ。ただ、喋っているだけの話を書きたいと思って。遊び半分の気持ちも込めて」
水戸短編映像祭グランプリ作品が決まったときはどうでした?
「『古奈子〜』は審査員受けはしない映画なんじゃないかなと思っていたんですよ。というのは、頑張っている感じがしないというか。一生懸命作ったという感じに見られないんじゃないかなと思ってて。しゃべってばっかりだし。はじかれるんだろうなと思ったら、意外に評価されたんで驚きましたね」
高田さんとの共同作業というのは具体的に?
「まず彼に書いてもらって、それを僕が書き直して、そしてさらに渡したものをまた書き直して。ケンカをしながら作り上げていくという作業ですね」
キャッチボールはどれくらいですか?
「3、4回は繰り返して、1ヶ月や2ヶ月くらいかけて作ってますね。僕らの映画って、会話劇という言われることが多いんですけど、僕らとしては会話劇にするつもりはなくて。むしろ会話によってドラマを前に進ませるようにしようということです。その物語が止まった時間を遊ぼうと思ってます」
物語を作る上で、人間をどのように観察しているんでしょうか?
「カメラって正直じゃないですか。そのままが写るというか。いち人間がある役を演じているさまを撮るというか。だからそれだけにしたいと思ってますね」
それは感情を込めることをなるべく避けたということですか?
「何かのぞいている感じが欲しいなと思って。僕が1歩引いたところから観察しているというんですかね。そこの距離が欲しいなと思って。それをつなげたら、たまたま物語になったということですよね」
長まわしが多いというところもあるからでしょうか。確かに観察している感じがありますよね。
「そうですね。そういうところを目指していますね」
すると監督にとって役者というのはどういう存在なんですか?
「いや、可愛いというか(笑)。役者あっての映画なんで」
◆こっちが見たことのないものが見たいだけなんですよ
ある種、役者さんも観察の対象になるわけですよね。
「この時は、(撮影が3日あったんで、)編集しながら撮影をしていたわけなんですよ。その時に俳優さんのクセとかをチェックして。編集で撮影の素材を見ながら、次の撮影はこうしたらいいかなとか考えたり。それで次の日はちょっと演出を変えてみたり」
そういうのは役者さんは嫌がらないですか?
「嫌がらなかったですね。僕は全部言っちゃうんですよ。こうこうこういう理由で変えますって。そこを面白がって欲しいと。役者さんもそれを楽しんでくれましたし。だから僕は役者さんに恵まれてますね」
『ラーメン』は下北で上映している企画からですね。8ミリフィルムでの撮影は初めてだそうですね。
「楽しかったですね。カメラマンの蔭山さんはずっと8ミリをやってきた方なんですけど。タイトルで遊びたいなと思って、身もふたもないタイトルをつけることにしました」
最新作は『誰とでも寝る女』ですね。これは個人的に好きな映画でした。
「これはファンタスティックシアターで、『鵜野』を上映した時に磯村さんという役者さんがいらっしゃって、たまたま僕の映画を観て、気に入ってくださったらしいんですよ。それで映画に出てくれることになったんです」
これは磯村さんありきで進んだんですか?
「でもこれは逆にあて書きをしないようにしようと思って。今までわりかしおかしな人の話ばかり作ってきたんで。これもちょっとおかしいと言えばおかしいですけど、いわゆる巻きこまれ役というものを作りたいなと思って。でも普通に巻きこまれても面白くない。巻きこまれているんだけど、巻き込んでいるのは自分だという。わりかしストーリー重視で作りましたね」
とてもセンチメンタルな終わり方がすごく良かったですね。
「本人がみんな良かれと思ってやっているという状況はないかなと思って作ったんです。被害者でもない感じがやりたかったんですよね」
現在は『結婚万歳!』という長編を準備しているとか。
「そうですね。今、書いてて。なんとか実現させたいですね」
どのくらいの尺で考えているんですか?
「一応120分で。もう少し短くしなくちゃと思っているんですが。厳しいですね。もうちょっと切らないと」
差し支えなければ内容を。
「ベタな内容にしたいなと思っているんですよ。その中で無茶をしたいなと。
男の人と女の人がいて、いろいろな問題がある中で、最後は見事に結婚するという話なんですけど、そこをどう遊ぶかということを考えているところなんですね。最後の5分前くらいまではこのふたりは本当に結びつくのかなというような状況の中で、ずっとケンカばかりしているという。ケンカの流れでの勢いというか、ムチャクチャな話をやりたいですね」
脚本は前田監督が?
「これは高田さんとふたりで、ケンカしながら作ってますね」
いいコンビなんですね。ところで前田監督の映画に出てくる登場人物たちは、情けなくも優しい愛すべき人たちですよね。どこかずれていて、変ではありますが。
「そうですね。いわゆる言っちゃいけないことを平気で言ってますけどね」
それを言ってる方は、もちろん相手がどう受け取るかどうかは別にして、基本的にみんな悪意はないですよね。
「自分のやっていることを正当化しているというか、疑いを感じていないですね。そういうところには魅力を感じるんですよね」
例えば悪の権化のような人物が悪の限りを尽くすといったような、真逆なものを作ろうとは思わないですか?
「うーん……、どっちつかずの僕の発想からきているんですかね」
いやいや、ここまで徹底していると個性というか、作家性ですよね。
「見たことがない空気を見せたいとは思ってますね。お客さんを驚かしたいなと。毎回エロスの要素を入れてみたりしてますし」
エロスと言えば、前田監督の映画を拝見すると、そういう匂いは全体に感じるのですが、セックスシーンそのものを写し出すというよりは、そこに至るまでのエロスを描くことに面白みを見出してるのかな、と感じたんですが?
「ああ、確かにそのもののシーンは描いてないですね」
そういう描写が個人的に面白いと思ったんですが。
「でもそのものを描いても面白く撮りますよ(笑)。そのどこまでいくかというところも面白いなと思いますけどね」
それは役者によって変わるということですか。
「そうですね。役者によって、どこまで見せればいいかも変わってくるわけですからね」
役者も観察しているわけなんで、役者からポロッと違うことが出てくれば、この人をどう料理しようかということも変わってくるわけなんですね。
「だから本当に役者さんさまさまだなと」
本当に独特の空気がありますよね。会話もあまり噛みあってないですし。こういうのはどうやって狙うんですか?
「最初に脚本にすべて書きます。ここで噛んで欲しいなと思うところもみんなそれっぽく書きこみます。逆に細かく書いたら書いたで、役者さんがそれを意識するようになるので、それをいったんゼロに戻す作業が必要になるんです。
そこで、現場には何も書いてないセリフだけのスッキリした脚本を持っていくんですよ。けっこうその日にちょっと内容を変えて、持っていったりもしますね。でも、役者さんの頭の中には前のが残っているらしくて。同じことをついやっちゃったり」
そうすると役者さんにも戸惑いが生まれますよね。
「そうですね。そういう戸惑いも面白いかなと思うんですよ。つまり予期しないことが生まれるし、それをカメラがとらえるし。パターンにはまるのが一番怖いというか。こうきたらこうくるといったことが、全く予期しないようにしたいんですよ。
たとえば『鵜野』では、役者さんによって伝えていることを変えているんですよね。役者さんの立場によって起きることが違う。役者さんはおかしいと思っても、僕はカメラを回したまま、止めもしないし。
そういう状況の面白さというか。どうなるんだろうというものが僕が見たいというか。ビックリ箱というか、どんどん仕掛けたほうが面白いですよね。こっちが見たこともないものが見たいだけなんですよ」
執筆者
壬生智裕
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