大人の愛の軌跡—–『愛をつづる詩(うた)』サリー・ポッター監督合同インタビュー
サリー・ポッター監督はいくつもの顔を持つ人である。
映画制作を目指して16歳の時にLondon Filmmakers Co-opに入り、実験的短編を作り始め、その後London school of Contemporary Danceで、ダンサーと振り付け師として訓練を受け、The Limited Dance Companyを設立。「Mounting」「Death and the Maiden」「Berlin」などでパフォーマンス・アーティスト、舞台監督として数々の賞に輝き、また、いくつかのミュージックバンドにも属し(FIG、The Film Music Orchestraなど)、作詞家、歌手としても活躍しているサリー・ポッター監督は国際的な評価を得た「オルランド」(92)で世界的注目を浴びるようになる。その後の「タンゴ・レッスン」(97)では数々の賞を受賞、第二次世界大戦前夜のパリ、オペラ界の物語「耳に残るは君の歌声」は記憶に新しい。
そんな彼女の集大成ともいえる期待の新作『愛をつづる詩』は、ロンドン、ベルファスト、ベイルート、ハバナを舞台に韻をふんだ詩的な描写で繰り広げられる“大人の愛”の軌跡—–。
9.11の事件直後に脚本を書き、撮影中も政治的問題に直面。決してスムーズにはいかなかったという撮影を振り返り様々なエピソードを語って頂きました。
◇2005年10月、シャンテ シネにて ロードショー
—-9.11の事件直後に脚本を執筆されたそうですが、制作に漕ぎ着けるまでの苦労点を教えて下さい。
それだけで映画になってしまう位長い話になってしまうけど(笑)、難しさや大変さは沢山ありました。でも同時にそれを上回る皆からの協力を沢山得られました。情熱と愛情をこの映画にいっぱい注いで頂き、見返りを求めず、皆が労働力を提供してくれた事は有難く思います。基本的に難しかったのは、撮影の時イラクの侵略が始まったのでベイルートに行けなかったという事と、ジョン・ブッシュの政策がまた変わって主演のジョアン・アレン(アメリカ人)がキューバに行けなくなった事です。そういう意味で、場所的な問題を伴いましたが、だからこそもっと創意工夫に富んだやり方で映画作りができたのだと思います。時間やお金の無さが、私たちにもっと創意を与えてくれたのです。
—-今回監督と脚本両方を担当されていますがどうでしたか?又、どちらが大変でしたか?
今回監督と脚本の両方を担当しましたが、この2つは切り離せないものですね。自分で書きながら実際監督をしているようなものだし、逆に監督をしながら脚本を書いているようなものでもあるので全てトータルなものとして作業しています。また、日々の仕事としてどちらが難しいかという事ですが、それはやはり日によって違いますね。脚本を書いていてもすごく流れるように書ける時もあれば、本当に煮詰まってしまって頭を抱え紙をぐちゃぐちゃに破ってしまう時もありますし。監督をしている時も自分で悦に入ってしまう位とても良く撮れて嬉しくなる時もあれば、全然何をしてもうまくいかない時もあるのでビジョンをいかにより良い形で外に見せていくかというその努力だけが仕事ですね。
—-主演のジョアン・アレンさん、サイモン・アブカリアンさんを起用した理由は?
ジョアン・アレンは今アメリカでは1番面白い女優さんだと思います。女優の中の女優と言われる位、そして俳優1人1人に“どんな女優が好きか?”と聞くと必ず彼女の名前が出てくる位素晴らしい女優さんです。彼女は元舞台女優で、自分の外観だけでなく内面から役作りを細かくしていく人なのでそれには本当にビックリしますし、監督の事を信用してくれるので自分にとっても彼女は本当に取り組み甲斐のあるコラボレーターです。今でもこの映画を観ていると毎回新しい発見がありますね。“あ〜こんな所も私は見過ごしていたんだ”と、自分で監督していても思う程です(笑)だからどんどん彼女に対する評価は高くなっていくばかりですね。
サイモン・アブカリアンについてですが、彼も舞台俳優で前作『耳に残るは君の歌声』(00)という作品の小さい役で1度来てもらった事があるんです。彼は太陽劇団(テアトル・ド・ソレイユ)でギリシャの悲劇の主役を演じたり、本当に立派な舞台俳優で、仕事をしているのではなく生きる道としてこの俳優という職業をやっている素晴らしい方です。
—-色々な国の人がスタッフとして関わっていますがスタッフの選び方は?
本作の撮影監督アレクセイ・ロディオノフは『オルランド』(92)で一緒に仕事をした事があり今回が2作目。美術のカルロス・コンティも『タンゴ・レッスン』(97)、『耳に残るは君の歌声』(00)と今回でご一緒するのは3作目というように、以前ご一緒させてもらってまたやりたいと思った人たちに来て頂きました。録音のジャン=ポール・ミュゲルはフランス人ですが、ずっと一緒に仕事をしてきました。そういった世界の色々な国から様々な文化を持った人たちがくるというのはとても良い事だと思うのです。同じ国の決まりきった人たちでやっても同じパターンで同じようなやり方になり癖がついてしまう。でも色々な国から集められた者同士でやれば刺激的だし皆が学びあう事ができると思うのです。この世界は皆で共生して生きているんだなぁとまさに本作にピッタリな希望を持たせてくれるような考えではないでしょうか。
—-第3者としてメイドがナレーションをしていくシーンがありますが最初からあったアイデアですか?又、どんな意図であのシーンが入れられたのですか?
あのメイドは外部から中を見ている感じもするし、内部にいながら外に話しかけている感じもして、両方の側面を持っている存在なのです。ある意味全く気付かれない1種の機械的な役だけど実際には全てを目撃している、全てを見ているという存在で、ギリシャの古典劇や悲劇なんかではコーラスとして存在しています。その役目としては観客と舞台とを結びつける重要な役割になります。ここでは悲しい話ではなく笑わせるコミカルな役として登場しますが、非常に検証的で哲学的な存在論をぶちかまし、色々な意味でSEXや政治といわゆる汚染に関わる全ての話をする事ができる、すごく面白い存在として入れました。
—-撮影中の最も印象的なエピソードは?
沢山ありすぎて選べないわ。今ふと思いついたものを上げるなら最後のエンディング。先程も言いましたが、アメリカ人のジョアン・アレンが政治的理由からキューバへ行けなくなってしまった為、あのビーチのシーンはドミニカ共和国で撮影をしたのです。あの日は晴れていたのは最初の30分でその後は雨が嵐のように降ってきてしまい、結局次から次へと色々な災難が起こってその日の撮影は続行できなくなってしまったのです。その次の日も天候に恵まれず、どうしても上手くいかなくて…。天候も悪く時間的にもタイムリミットが近づいていたのですが、最後の15分間で主役2人の役者さんたちは本当にただ笑って転げ回って遊んでいるような感じになってしまって。でもそれが功を奏して、あんな風に笑って童心に返って楽しむという事が全てを上手く解決させてくれ、あのシーンは自分たちの中でも象徴的なシーンとなりましたね。テーマ的にもまさにそれが1つの鍵になったと言うか、お互い笑い合って子供のように無邪気にじゃれ合うシーンになって良かったなと今は思います。長セリフはなくなってしまいましたが(笑)
—-本作を完成させてみて手応えは?
この映画が劇場に出てまだ数ヶ月しか経ってないんですよね。映画自体は1年前に完成したのですがまだそれを自分で評価するには早すぎるかな?と思って。でも色々な映画祭にこの映画を持って行き、色々な人とこうやって話をしたりして感じるのは、お客さんにはある程度癒しの効果がある映画だという事ですね。色々な状況や行動に対して様々な誤解があったという事を、自分たち自身がこのラブストーリーを通して実際感じて頂いたようで結果的にはとても満足しています。 でもやはり架空の世界の話ですから、それが世界に対してどういった効果があるのかは分かりません。
—-ポエティックな中に強いメッセージ性を感じました。本作は1番どのような人に観てもらいたいですか?又、どんな事を感じて欲しいですか?
もちろん色々な人に観てもらいたくて作っていますが、面白い事に私は1人の親友に向けて作るようにしています。そのように親近感を持って作ればより多くの人に伝わるのではないか?と思うからです。私が脚本を書く時、本当に色々な視点から書くので映画の中には沢山の視点が入っています。だからこれから人生が始まる若い女の子もいれば、死にゆくおばあさんや中近東の男性もいたりと、ありとあらゆる人たちが存在しているわけです。色々な視点から映画を観る事ができるという事ですね。実際もうこの映画を観た人の中には、思いもよらなかった若い人たち(未成年から20代位の男の子たち)から沢山の反応があってビックリしました。例えば、“僕は映画を観て泣いたりしないけど今回は泣いてしまいました。”とか、男の子の中の1人は、宗教とか政治とか自分自身の性に関してやアイデンティティの問題にしてもすごく葛藤して必死なんだけど、その子が誰に1番親近感を持ったかと言うと女性のジョアンだったりして。それは必ずしも似た者同士が似た部分に惹かれるというわけではなく、その人が持っているもろさや人間らしさという点に惹かれたからだと思います。だから皆が色々な視点でこの映画と繋がりが持てるのではないかと思いますね。
—-本作は韻を踏んだりする詩的なセリフで構成されているが、あえて映画という表現でこの話を作った理由とは何でしょうか?
私は元々映画をやりたくて志していました。映画というのは、全ての芸術を1つにするものであって非常に強力なメディアだと私は信じています。このような大きなテーマを扱う時に総合性の力で語るのが1番力があり良いのではないかと思ったのと、私自身そうしたかったので映画で表現しました。私は親友に語りかけるように映画を撮っていますが、実際には世界に広がっていく強いコミュニケーションの力を持っていると思うし、本作は61カ国で買われたんですね、だから今まで全然見た事もないお客さんたちがある意味私の親友になっていくような感じがして。それって素晴らしいコミュニケーションですよね。つまり、これ程強い世界に通じるコミュニケーションはないという事です。
執筆者
Naomi Kanno